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GO BEYOND ~勝利に向けた3チームの限りなき挑戦を追う~
#5 F.C.C. TSR Honda

「勝つまで進み続ける」

いつもニコニコと人懐っこい笑顔をしている、ドミニク・エガーターの顔からそのトレードマークの笑みが消え、鋭い目つきで前を見ていた。時間になりヘルメットを被ると、コバルトブルーのCBR1000RR SP2にまたがりエンジンをスタート。F.C.C. TSR Hondaのピットの中に低い排気音が響き渡った。楽しみにしていた劇の開演を待つような雰囲気に包まれた鈴鹿サーキット。

エガーターとCBRはゆっくり走り出した。レース前日の土曜日に開催された、上位10チームだけがスターティンググリッドを決めるためのタイムアタック合戦、トップ10 トライアル。各チーム2名のライダーが各1周だけ走行し、多くの目が1台だけに注目する舞台。アタックラップに入ったエガーターは渾身の走りで、自己ベストを更新する2分6秒600というタイムを叩き出した。その結果にサーキット内は盛り上がり、上を向いてピット内のモニターを見つめていたチームスタッフのみんなが笑顔になった。

ドミニク・エガーター

エガーター 「ずっと決勝レースに焦点を当てていたから、1ラップだけの走りに集中していませんでした。だからソフトタイヤを履いて1周だけのアタックは難しいものでした。それでも、自分にとって最速のタイムが出せて、チームの努力に感謝したいです」

これによって決勝は4番手という、Honda勢の中ではトップの位置を得た。先に走ったランディ・ドゥ・プニエも2分7秒156を出している。しかし、F.C.C. TSR Hondaはここまで順風満帆ではなかった。決勝レース後に藤井監督が「ここまで本当にいろんなことがあった」と語った。その一つが、7月12日、13日とこのチームで合同テストに参加し、初めて走る鈴鹿、そして8耐を楽しみにしていると話していた、スーパーバイク世界選手権ライダーのステファン・ブラドルの欠場である。それも決勝ウイークが始まる前日にそれが決定したのだ。

ジョシュ・フック、ランディ・ドゥ・プニエ、ドミニク・エガーター

Moto2クラスのチャンピオンにもなった実力のあるライダーが走れなくなった。これでチームの戦略が組み直しになったのは言うまでもない。急遽、リザーブライダーとして2015年にこのチームから8耐に出場したことがある、24歳の若手オーストラリア人、ジョシュ・フックの起用を発表した。

曇り空ながら暑くなってきた11時30分に決勝はスタート。4番手のグリッドから伝統のル・マン式スタートでレースの幕が下りた。チームの1番手ライダーはエガーター。スタートを確実に決め、先頭に近い位置で無事オープニングラップを終え、グランドスタンド前に帰ってきた。混戦の中で、2分8秒台半ばのタイムを出すなど、いいペースで周回を重ね、4番手付近をキープしていた。その後、西コースの雨が徐々に強くなり、当然ながらスリックタイヤの各車はペースを落とし、エガーターも6番手に後退。ピットではいつでもレインタイヤに交換できるよう慌てて準備をしていた。

ドミニク・エガーター

しかし、雨は一時的なもので本降りにならず、またペースを上げ、4番手に復帰。その後、転倒車両によるセーフティカーが入るなど、波乱となった第1スティントを無事走りきって12時41分にピットイン。前後のタイヤ交換、燃料給油を約14秒で終え3番手のポジションでドゥ・プニエと交代した。そこからトップのヤマハ、2番手のMuSASHi RT HARC-PRO. Hondaを追う。ピットのチーム全員も落ち着いた様子で状況をうかがっていた。

ランディ・ドゥ・プニエ、ドミニク・エガーター

最後の合同テスト日が終了した時に、「新たな気持にスイッチオンして戦いたい。強力なライバルが多いですが、私たちもすごく速いというのは確実なのでいい結果を目指します。」と話していたドゥ・プニエも果敢に走り、3番手をキープしながら周回を重ね、29周して、コバルトブルーのマシンをまたエガーターへと預けた。そこで前を走っていたMuSASHi RT HARC-PRO. Hondaの転倒があり、2番手に上がる。レースが3時間経過する頃、3番手を走っていたカワサキのレオン・ハスラムがエガーターに追いつき2番手の座を狙って攻めてきた。

白熱した接近バトルが続き、14時52分にピットイン。スタッフはミスなくテキパキと作業をこなし素早いルーティンワークで、ドゥ・プニエを送り出した。3番手のカワサキもハスラムから、昨年、このF.C.C. TSR Hondaから8耐を走った渡辺一馬にバトンタッチ。自分も乗ったチームの後ろにつけ、ここからドゥ・プニエと抜きつ抜かれつのサイド・バイ・サイドの争いを繰り広げた。2台は遅い車両をパスしながら一歩も譲らない手に汗握る展開に。

ドミニク・エガーター

この状態は、またエガーターへとライダーチェンジしても変わらない。5時間経過、6時間経過、7時間経過。2台は離れずに周回していった。ラップタイムと順位変動のデータ的には落ち着き安定したペースを保っての走行に思えたが、ライダーにも、チームにもそんな雰囲気はなく、全力を出しきっての緊張した攻防であった。

ドミニク・エガーター

ゴールまで1時間を切って、辺りが薄暗くなり始めた、18時56分頃、2度目のセーフティカーが入った。このときのライダーはドゥ・プニエで、2番手を死守し、3番手との差は10秒近くあった。そのときだった、サーキットのモニターにドゥ・プニエのマシンに起こったアクシデントが映し出された。マシンのアンダーカウルあたりが赤く光っている。火だ。ピット内のチームスタッフはみんな、なにがあったのか情報を収集しようと食い入るようにモニターを見上げていた。動きと思考が止まったように見えた。しかし、その中でいち早く動き出したのは藤井監督だった。

※アンダーカウルに溜まっていたタイヤカスがエキゾーストパイプの熱で発火。SCランの低速走行が終わり、レーススピードに戻ると走行風ですぐに鎮火する

F.C.C. TSR Honda

あっけにとられたように立ち尽くしたスタッフの間から飛び出し、「ボックス! ボックス!」と叫びながら素早くピットレーンを横切り、ピットウォールに駆け寄り、ピットインのサインを出すように指示。そのアクシデントは解消したかのようにあったが、ドゥ・プニエはマシンの確認をするため、ピットへ戻った。

ランディ・ドゥ・プニエ

ゴールまで30分を切った19時04分。マシンから降りたドゥ・プニエは、なにが起こったか分からず、腕を広げたジェスチャーでいきり立った。エガーターもアンダースーツのまま駆け駆け寄り、やり場のない悔しさが動きから伝わってきた。スタッフは各部を点検したがなにも問題は見つけられず。停止してから34秒、事情を知らされたドゥ・プニエは素早くマシンに飛び乗ってピットアウト。この出来事により、もう少しで手にすることが出来た2番手以上のリザルトが目の前から滑り落ちたが、なんとか3番手の位置はキープできた。夜の帳が下りた19時30分にチェッカーフラッグが振られトップから1周差、215周でゴールをむかえた。結果は3位表彰台。昨年は表彰台を逃したので、2年ぶりの表彰台ではあるが、最後まで走りきって3位を手にしたうれしさの中に、悔しさが残る結果であった。

藤井監督、ドミニク・エガーター

藤井監督 「疲れた。あらためて思うけれど8耐はタフだね。俺たちもタフになってもっともっと強くならないといけないね。最後のアクシデントでのピットインはしょうがないこと。やれることはやりましたよ。多くを語れないことがいっぱいあったけど、それを乗り越えて表彰台に登ったのだから、とにかくみんなを褒めてあげたい。いろんなことがありながら極めて短期間でここまでできたのは大したもんだ。アクシデントがなくてもトップを奪うには足りないことがあった。何度も言うけれど、我々は絶対にあきらめない。勝つまで、トップになるまでやり続ける。来年に向けて出直します」

F.C.C. TSR Honda

FIM世界耐久選手権(EWC)の最終戦となったこの鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、獲得ポイントが1.5倍となる。これでF.C.C. TSR Honda のEWC 2016-17シーズンランキングは4位が決まった。

ドミニク・エガーター、ランディ・ドゥ・プニエ、ジョシュ・フック

以前、藤井監督は24時間のレースもあるEWCで争う厳しさ、そして、その経験が8耐で活きると語った。だから与えられた条件の中でミス無く最大限の人事をつくすことができた。でも勝てなかった。今年の鈴鹿8耐が終わったと同時に、ここから来年の鈴鹿8耐に向けてスタートである。世界を知っているF.C.C. TSR Hondaはとどまらず、次の勝利に向けてまた進み続ける。

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