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GO BEYOND ~勝利に向けた3チームの限りなき挑戦を追う~
#19 MORIWAKI MOTUL RACING

「絶対に諦めたらあかん」

40回を重ねて、これまで多くの感動的なストーリーを生み出してきた鈴鹿8耐。レース結果は良い方に転ぶ場合もあれば、悪い方に転ぶ場合もある。しかし、よりドラマチックな物語を生むのは後者なのかもしれない。1番高い表彰台に登れるのは1チームだけだが、物語は参加した全チームに等しく用意されている。9年ぶりに8耐へと帰ってきて大きな注目を集めた、MORIWAKI MOTUL RACINGのレースも一筋縄ではいかない、悔しい物語となった。

レース前に、モリワキエンジニアリングの創業者であり、鈴鹿8耐の歴史の中で、創成期から大きな存在として登場してきた森脇護監督は、「やっぱり8耐はすごい。こんな難しいレースはなかなかないですよ。だから楽しみであるんですけど。なにがあっても走りきる、最後まで諦めないこと。それがモリワキの受け継がれてきた精神です」と語っていた。

森脇護

久しぶりとなる8耐の舞台だが、レースウイークの約2週間前、3日間の公開合同テストで総合首位となり、レース前の公式予選では8番手でトップ10トライアルへ駒を進めた。有力チームでも、完ぺきで万全な状態にはなかなかなれず、少なからず問題が残る場合が多い。だから世界で戦うレースを知っている、高橋裕紀、清成龍一、ダン・リンフットという実力のあるライダーとチームは、事あることに「まだやることがある」とコメントしていたが、少しずつ着実に前進し、タイムを削り、速さをみせ、流れが良く順調そうに見えていた。

チームのライダー2人が各々1周のみのタイムアタックをして決勝のグリッド位置を競うトップ10トライアルでは、新型になったCBR1000RR SP2をベースにモリワキのオリジナルパーツで仕上げた、CBR1000RRモリワキ改を高橋、清成が操り、両選手ともに2分8秒台前半で、予選結果より1つ前になる7番手の位置を獲得。

高橋裕紀

高橋: 「ベストタイムを狙っていたんですが、それに及ばず、悔しいです。一発のタイムですから8時間のレースとは違うものなので、明日のレースはテストからここまで積み上げてきたものを信じてやれる限りのことをやるだけです。大きなトラブルもなくここまでこれているのでチームに感謝する気持ちと、最後の最後まで気を引き締めて走りたいと思っています。もちろん最高の結果がほしいですが、それが得られなくてもゴールまで全力を出して走ることが重要です」

清成: 「直前に転倒車があって、ちょっとコースが汚れていた部分があり全力を出しきれなかったのは少し残念でしたが、ここまでの流れは悪くないので、裕紀のおかげでスタート位置が1つ上がりましたし、結果的にはこれで充分だと思っています。ラップタイムだけでなくペース的にもまだ僕らがリードしているわけではないので、走り方とかいろいろ考えて決勝に挑みたいと思います。2人のコンビはこれ以上はないと思えるくらい良いので、復活したモリワキに結果で恩返ししたいと思っています」

2人ともタイムに納得はしていないコメントだったが、決して後退したわけではない。多くのモリワキファンも含めて周りはレース本番でのMORIWAKI MOTUL RACINGの走りに期待感が高まっていった。

MORIWAKI MOTUL RACING

7月30日、日曜日。スターティンググリッドで待つライダーはパラソルではなく、コーポレートカラーであり、代名詞でもある、生命を生み出した海、空の青、大地を表現した黄色に“MORIWAKI”と入った番傘の下にいた。モリワキエンジニアリングの取締役で森脇護氏の三女である森脇緑さんは、SNSで公開され、ピットにも貼られた、茶室で革ツナギを着て正座し静かに座っている高橋、清成の写真と同じく、「日本のチームが、日本の鈴鹿サーキットで開催されるレースで戦うこと、日本人特有の“粋”なところを表現したかった」と話していた。派手ではないけれど、ほかとは違うモリワキらしさを感じさせる演出。

レーススタート直後

いざ戦へ。スターティングライダーは清成。11時30分、ル・マン式スタートでライダーが駆け寄り各車入り混じって第1コーナーに消えていった。清成は後で「スタートで出遅れました」と言っていた。劇的に順位を落としてしまったわけではないが、西コースで弱い雨が落ちてきた影響もあり、うまく順位を上げられず1周目は19番手。その後、周回するごとに16番手、13番手、7番手と順位を上げ、21周目には4番手まで上がる速さをみせた。その後1台に先を行かれたが、5番手という好ポジションでピットイン。スタッフはタイヤチェンジ、給油のルーティン作業をこなし、ライダーは高橋に替わった。

高橋裕紀

しかし、このタイミングでセーフティカーが入ったことで、ピットレーン出口が赤信号となりコースには出られず、トップから1周遅れの11番手まで後退してしまった。8耐に関わる多くの人が勝てる要素の一つとして“運”をあげるが、その要素が悪い方に出て足を引っ張ることになった。しかし、高橋は遅い車両を抜きつつ2分10秒台後半から11秒台でラップを続け、遠くなった先頭に近づけるよう懸命に走った。スタートから2時間が経った54周目には7番手までばん回。その直後、ピットに入りこの日2度目の走行となる清成と交代。清成も飛ばした。2分9秒台に入れたかと思うと、さらにペースを上げ2分8秒台にまで入れてきた。逃げていったと思えた勝利を自力でつかんで引き寄せるような気迫のこもった走りだった。

清成龍一

鈴鹿サーキット内に「モリワキが転倒!」という実況アナウンスの声が流れたのは2時間20分ほど経過した13時49分。61周目のS字コーナーだった。レース後、「タイヤの負担を小さくしようと走り方を変更したらやりすぎたのか、フロントから切れ込んでしまいました」と清成はそのときを振り返った。幸い、ライダーのダメージは小さく、転倒後もマシンは自力で走行することができた。清成はフロントスクリーンを失い、穴の空いたテールカウルのマシンでピットまで戻った。

清成龍一

13時53分、帰ってきたマシンはチームスタッフに押され、修復のためにピットへ入れられた。メカニックは慌てず、テキパキと無駄のない作業を進め、元通りの見た目になったマシンが出てきたのは15分後。長丁場の耐久レースながら、優勝するにはスプリントレースのようなペースが求められる8耐では、この15分はとてつもなく大きいものだ。高橋用のタイヤに履き替えたが、出てきたライダーは清成。もう1度清成が出る。

清成龍一

清成:「裕紀の番でしたが、自分が走りたいと言いました。自分でやったことは自分で取り戻したいと思ったんです。転倒をして、そのミスのあとをほかのライダーに任せるなんてできなかった。怪我をしていたら別ですが、なんともなかったから、ある程度取り戻してからマシンを裕紀に返したかった」

コースへ復帰し、開始3時間経過したときの順位は53番手まで落ちていた。現実的に表彰台登壇の可能性はついえたと言っていい。4時間経過で45番手。2人のライダーは集中して走り続けた。5時間経過、37番手。順位はどんどん上がる。ピットにいた森脇緑さんは「本当に、これがレースですね。でも諦めないモリワキをみせたいと思います」とコメント。6時間経過、31番手、7時間経過、29番手。日没後の夕闇でむかえた8時間のゴールではトップから14周遅れになりながらも27番手。転倒してから25台以上追い抜いて、言葉通り諦めない姿をみせてくれた。

高橋裕紀

帰ってくるライダーを出迎えためにピットレーンに出てきたスタッフは笑顔ではしゃいでいた。目標にした結果には到達できなかったが、あのアクシデントから復帰して完走できた喜びと、達成感だろうか。その中で森脇緑さんは涙を浮かべ立っていた。

森脇緑、高橋裕紀

森脇緑:「お疲れ様でした、と声をかけてあげたいです。最後、出ていくときにヘルメットを被った裕紀が、『ちゃんと帰ってきますから待っていてください』って言ったんです。ライダー2人が転倒後も来年に活きるデータを残すために必死で走ってくれました。高橋裕紀、清成龍一、そしてダンに本当に感謝をしています。父とさっき話したんです。絶対この悔しさをバネに次は結果を残す、絶対に諦めたらあかんなと。またがんばります」

レースの余韻が続くピットの中。戦場の鎧である革ツナギを脱いで、落ち着いた頃。ライダー2人が顔を合わせた。

清成龍一

清成:「ごめんな、裕紀、転んでしまって。俺が一番悪い」

高橋:「そんなことないですよ。走っていたらどっちにも起こることですから。色々ありがとうございました。ところで体重何キロくらい減りましたか? 僕は朝から3kgくらいです」

清成:「朝からだったら5kgだよ(笑) いやー、あの転倒がなかったらなー」

2人の関係の良さと、オートバイに乗って8時間を走るということの過酷さが伝わってくる会話だった。

高橋裕紀

高橋:「この結果、これが鈴鹿8耐ですよね。何事もなく淡々と走って終わってみたら上位にいたってことがありますし、うまくいかないときだってあります。いい経験になりました。結果はあまり良くなかったですが、だれもケガをしなかったし、次に繋がるいい材料になったと思います。やはりモリワキから出るとうことは、すごく注目されますし、結果でそれに応えなければ、というプレッシャーもあります。モリワキから8耐に出るということはそういうことなんだな、と思いました。今回はいろいろ悔しい思いをしました。悔しい結果です。ただ転倒がなくても優勝は難しかった。そこもまた悔しいですね。もっと自力で優勝できるよう、またがんばっていきたいと思います。森脇社長が『また来年やるぞ』と言ってくれたら、来年もがんばりたいと思います」

清成:「なにもできなった、という感じですね。まずはスタートを失敗しました。そしてセーフティカーの入るタイミングが悪くて順位が下がってしまったのも、しょうがないですが不運でした。そして転倒をしてしまいました。それがなければもう少し面白いレースができたと思っています。ちょっと問題を抱えていまして、それを解決しようと走り方を変更したら、ちょっとやりすぎてしまいました。鈴鹿8耐で勝つのは本当に難しい。モリワキのチームスタッフ、メカニックにはいくら感謝しても足りないほど感謝しています。このすぐ後には全日本ロードレースもありますし、また全力でがんばりたいと思います」

リンフット:「リザーブライダーの私は今日の決勝を走っていませんが、キヨ(清成)とユウキ(高橋)がレースを戦うのを見てて楽しかった。モリワキチームは素晴らしいです。プロフェッショナルでありながら、皆さんとても親切で困ることがありませんでした。今度こそはライダーとして、ぜひこのチームでもう一度参戦したいですね。チームの皆さんに感謝したいです。このような機会を与えていただき本当にありがとうございました」

ダン・リンフット

みんなのコメントに共通していることがある。それは次について言及していること。モリワキの8耐復帰は今年だけで終わらないということだ。森脇護監督自信がレース後にこう述べた。

森脇護、森脇緑

森脇護監督:「やっぱり8耐はいいですね。8耐は人を成長させてくれるウチのスタッフの若い子はここにきて一気に動きが変わりましたからね。トラブルのときも神経を集中させて本当によくやってくれた。会社に入って4、5年働くより、この8耐に引きずり込んだときの方が成長率は高いですね。もうレースをやっている最中から次のことを考えていましたね。来年もやりますよ。このままじゃ悔しくておさまらんですよ!」

最後は笑顔で力こぶを作って見せてくれた。9年ぶりの参戦になった今回は、最高の結果にたどり着けるドラマの序章だったかもしれない。また、モリワキらしい絶対に諦めない戦い方を多くのファンが期待している。

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