鈴鹿8時間耐久ロードレース

失敗から生まれる勝利。Part1 : 8耐の本質と10回の敗北

  • Part1
  • Part2
  • Part3

Part1 : 8耐の本質と10回の敗北

見えざる8耐の本質

年に1回しか開催されない鈴鹿8耐というレースは、MotoGPに代表されるシリーズ戦のようにやり直しや再準備ができない点で、ワンチャンスにすべてを賭ける一発勝負のレースである。そう考えると、不確定要素と運だけが支配するギャンブルのような勝負に思えるが、そうではない。

レースに関わるすべての要素で「100%の完ぺき」を実現することで、不確定要素やリスクを排除すれば、勝利の可能性は限りなく100%に近づく。これこそが、レースまでに達成すべき目標であり、そこで行われる試行や努力こそがレースで勝つためのすべてである。

「レースとは、それまでに積み重ねてきた成果の発表の場に過ぎない」かつて世界GPで活躍したとあるチームのエンジニアはこう言った。この言葉は、レースの本質を端的に現しているのではないだろうか。それまでの研究開発で得たマシンのベストパフォーマンスや、準備期間に培った(ライダーも含んだ)チームスタッフの完ぺきな作業スキルを、レース現場で忠実に再現することがレースの本質なのだ。

そして8耐こそは、年に1回しかない“成果発表の場”であるからこそ、他のどんなレースよりもすべてを“完ぺき”に遂行することが要求され、どんなレースよりもそれまで行ってきた作業の結果がダイレクトに勝敗に結びつくという、ある意味で極限のレースなのだ。つまり勝敗の行方はライバルの存在よりもむしろ、自らの“完ぺき”によって決まる部分が大きい。

8耐、あるいは耐久レースそのものは、列車の運行と似ている。目的地(目標周回数=総走行距離)に向けて必要な平均速度(総走行距離÷8時間)を設定。途中、停車駅(燃料給油、タイヤ交換、ライダー交替)があるので、停車時間と停車駅前後の加減速を平均速度算出に織り込む必要がある。

こうして出来上がるのが1本の運行ダイヤ(走行スケジュール)である。この運行ダイヤを守ることができれば、列車は無事に目的地に到着できるわけである。運行ダイヤに従い、列車(マシン)を正確無比に走らせるのは運転手(ライダー)であり、司令所と駅員(チーム)だ。

耐久レースは、こんな運行ダイヤが何本も絡み合い、各列車(参加チーム)が自分たちの設定したダイヤに従って8時間後の目的地を目指しているのである。だから、コース上で展開されるライダー同士のバトルは、実際には見かけ上の戦いで、その本質は双方の運行ダイヤが交差した瞬間に過ぎないということができる。ライダーが見つめているのは目の前を走るライバルではなく、あくまでも8時間後の目的地なのだ。

運行ダイヤ=走行スケジュールを導き出すのは、前年の優勝周回数を基にした計算だ。そして、そこで決められた目標タイムやスピードを実現するのは徹底した事前の準備であり、その原資は何かといえば、レースに勝つという夢や理想よりも、過去のレースでの敗北や失敗にあるとHondaは考える。失敗こそが人を成長させ、勝つためのエンジニアリングを発展させる、極めて大きな要素である。

『失敗したら、どこが悪いのか徹底的に調べる。ここが一番大切。過去の失敗の“泥”の中に未来を拓くカギがある。先ばかり見ていては駄目だ。失敗して酷い目にあって、思い出すのも嫌なことの中にカギがある』

『敗因の分析が重要なことを思い出せ。その中にたくさんの答えがある。答えをたくさん出せば、それが強みだ。その強みが自信につながる。一つひとつの計画に対して実行できたか否か、そこでの差は何が理由で生じたのか、ミスを再発させないためには何をしなければならないのか、きちんと整理することだ』

これは、とあるエンジニアの“わたしの記録”に記されている言葉だ。この記録ノートの持ち主は80年代の中頃から約20年にわたって、チーム監督を始めとした立場で8耐における勝利と敗北を経験してきた。このノートの内容の一部を要約・抜粋しながら、8耐で負けるということが、Hondaにとって何をもたらしてきたのかを考えてみたい。