レジェンド 小川友幸 Gatti - 全日本史上初6連覇への挑戦

2 6連覇への道半ば、苦戦が続いている

6連覇への道半ば、苦戦が続いている

小川に、夏休みはあるのだろうか

 次の第5戦中国大会は9月2日、広島県の灰塚ダムトライアルパークで開催される(注・7月17日、予定通り開催されることが発表された。大会会場では被災地に対しチャリティー募金を行う)。それまで約1カ月半のインターバルはあるが、その間も小川に休息の日はあまりないようだ。週末は、1年間のうち3〜4回空いていればいい方であるという。8月は、平日を入れても、空いている日は1週間もないそうだ。

「週末はほぼ予定で埋まっているので、休めないですけれども。平日の練習を休んででも、休養は必要だと思っています。大会前に乗り続けると、足首が限界にきて、第4戦北海道ではセクションを下見するのに歩くのが一番辛かった。もうちょっと治さないといけないです。まだ1戦も万全に持っていけてないですから。北海道の第10セクションのコンクリートの壁も、得意なはずが2回とも上がれなかったですし。自分の理想のライディングからは、ほど遠い。だましだまし戦っている状態です。もう少し改善しないと勝てないと思うので、なんとかしなければなりません」


メンタル、テクニック、マシン

 第4戦終了現在、ただ一人2勝してタイトル争いのトップに立つ小川は、最大のライバルである黒山には18ポイントもの大差をつけている。残り3戦で、黒山の自力チャンピオンの可能性はない計算となっている。また、野崎には負ける気がしないという小川だが、それも、小川自身が自分の力を十分に発揮できることが前提となる。シーズン前に、「敵は自分自身」と覚悟していた小川は、まさしく自分との戦いが後半戦も続くことになる。

とはいえ、第1回でお伝えした小川の「メンタルの強さ」を改めて実感するとともに、小川の「高い技術力(テクニック)」とそれを支える「マシンの性能の高さ」。さらには「マシンのセッティング能力がずば抜けて高いこと」、これらの総合力の高さがあってこその2勝だ。小川自身はどう思っているのだろうか。

小川友幸

小川友幸

「メンタルの強さはよく言われますが、自分の中では強いと思ってないんですけど。ただ言えるのは、昔の自分とは違うということで、昔はもっと弱かったんです(笑)。それがレベルアップして、勝負どころを逃さないようにはなりました。欲を言うと、もっとレベルを上げたいですね。動揺したり、これどうしようと不安がよぎったりすることがありますから。例えば第3戦北海道のSS一つ目のセクションで、先に走った野崎選手が採点のことでもめていましたよね。そのときの待つ時間が、ものすごく長かった。すごい心理戦で、それに負けたら終わり。『早くセクションに入れてくれ』とアピールしたり、ほかへ少し走りに行ってメンタルコントロールしたり。それが、できるようになってきた。オブザーバーからセクションに入っていい合図があったら、そのタイミングでバッと出て、結果を出せるようになっています(注・野崎の減点5に対し、小川は着実に減点0をマーク。ここで、SS2つ目の最終セクションを待たずに小川の優勝が決まった。)」

「テクニックの自信もありますし。それが薄れるのは大会前日のセクションの下見で、『どうやっていくか?』『ムリかな?』と思うときですが、それはまずないですね。パッと見て、『この方法、このパターンもある、どれにしようか』と思うので、それを絞って下見をします。全日本のセクションで行き方を迷うことはないですね。練習で、もっとレベルが高いところをやっているので。自分が走ればクリーンを出せる、自分の本来の力を100%出せば勝てると思っています」

「マシンに関しては、やっぱり4ストロークで戦っていて、4ストに助けられている部分がすごく大きくて。もちろん瞬発力や回転が上がる速度では2ストロークにかなわないですが、4ストはトルク感がすごくあって負荷負けしない(パワーに負けない)、それに助けられています。Hondaのエンジンは安定感があります。エンジンだけでなく車体、サスペンションにも、すごく助けられていて。それにプラスして、自分の思っているセッティングができますから(注・小川はワークスマシンの開発ライダーでもある)。セッティング能力がずば抜けて高いとは思いませんが、こうした場合はどうしたらいいかということが、分かる方だと思います。今年のマシンを一言で言えば、とにかく自分のミスをしないように自分が思ったように走れるように、コントロール性を重視しています」


絶妙のコントロール

 それにしても、北海道大会では雨でドロドロの極めて滑りやすい急斜面を上がっていきながら、上りきるところでさらに泥が付着して非常に滑りやすい岩を越えるセクションが難しかった。そこをほかのライダーたちもうまく越えていくのだが、小川が際立っていたのは、その岩を越える瞬間のエンジン回転数の低さだった。まるでアイドリングに近いのではないかと思わせるほどの低さで、そこまで見きっている小川の眼力に背筋がゾッとしたのは、筆者だけではなかったのではないだろうか。言うまでもなく、トライアルでは必要最小限のスロットル操作が肝要で、開け過ぎればスリップして失敗。開け足りなくても、それこそ負荷負けしてエンストしてしまう恐れが出てくる。足りないよりは、多めに開けてコントロールするという手はあるが、理想はやはりドンピシャリ。それをだれよりも多く見せるのが、小川なのだ。

小川友幸

「回転数もそうですね、Hondaの4ストロークに乗って長いですから、一番どこがいいか熟知しています。この上りの、このシチュエーションは、これだけ回せばいいとか。マディ(泥)で全開にするときも、していいところと悪いところが、瞬時に分かります。『えっ?その回転数の低さでよく上がれますね』とよく言われますが、問題なくいけます。全日本のセクションならば、迷うことはないですね」


葛藤や後悔はない、悔しさがある

 それにしても、2カ月かけて強いじん帯を取り戻す選択肢もあったはずだ。それでは6連覇は難しく、V6のチャンスは2度と来ない可能性もあるとはいえ、右足首のじん帯をしっかり治していれば、もっと楽に勝てていたかもしれない。凡人としては、葛藤や後悔はないのだろうかと気になるところだ。

「(強いじん帯を選んでいたら)V6はほぼ無理ですね。その選択に対しては、トライアルをやっている上では葛藤も後悔もないですし、正解だと思います。トライアルをやめたあとに、痛みで苦しんだりする人生はどうなのかな、と思いますが。年配の方から、『あのときにリハビリをしていれば…』とか聞くと、そうなるんだろうなと思います。でも、仕方ないです。トライアルをやっている以上」

―第4戦北海道は、「納得できない」と悔しそうでした。

Gatti 「本当に悔しい。歯がゆい。こうすればいいということが、分かっていても、そこに身体を持っていけない。 すごく辛い。でもそんなこと言っていられない。自分ができる環境でベストを尽くすだけです。まわりのバックアップもすごく大きいですね。専属で指圧をしていただいたり、トライアルだけでなくロードレースの関係者が病院のお勧め情報を教えてくれたりして、とても感謝しています。もちろんHonda、チームやスポンサーをはじめ、ファンの皆さまの応援が力になっています」

―最後に、第4戦北海道でゴールしたとき、野崎選手と握手した小川選手が一瞬“しかめっつら”だったことが、どうも気になるのですが。

Gatti 「あのときは、悩んでたんです。最終セクションを走る前に優勝が決まっていましたから、最終セクションの最後のところですね(注・台形のコンクリートを逆さに置いて3つ連続して並べたもので、ホイールベースの間隔で並んだ4つの衝立のようなピンポイントを越えなければならない。ほぼ全員が失敗していたが、小川の前に走った野崎は4つのピンポイントに前輪と後輪を一つずつ跳ばせて載せていく方法で見事に走破、初めてのクリーンに観客は拍手大喝采だった。小川としては、それをさらに上回るダニエル、つまり後輪だけで4つのピンポイントを次々と飛び移っていく観客サービスを、したくてたまらないところだっただろう)。セクションを作った人は、ダニエルで行ってほしかったと思う。やろうかと、すごく悩んだ。いけると思うが、ちょっとのミスで失敗するし。失敗するだけならいいが、大ケガをすることもあるので。大ケガをすると、デ・ナシオン(注・国別対抗戦、9月22日~23日にチェコで開催。昨年、小川は日本代表の一人として藤波や黒山と力を合わせて3位を獲得。表彰台に日の丸を掲げた。今年も日本代表チームの参戦が決定しており、同じ3人で挑む)や全日本にも影響が出るのでという話をしていて、チャレンジせずに、ビビってやめました(笑)。本当はやりたかった。お客さんは期待していたと思いますし。それで、しかめっつらでした」

 件の最終セクション、小川は野崎と同じ行き方でクリーン、観客は惜しみない拍手とともに大いに沸いたのだった。まさに2強が、驚異的なパフォーマンスを見せつけてくれたのだから、沸かないはずがない。そして、次戦には世界参戦で力を増したであろうアノ人が帰ってくる。黒山を含めた3強が、残り3戦に参戦。死力を尽くした闘いの果てには、燦然と輝くチャンピオンが誕生しているはずだ。

トライアルジャーナリスト 藤田秀二

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