Team HRC現場レポート
Team HRC現場レポート

Vol.54

淺井利彰氏が語る山本選手のコンディションの整え方

全日本モトクロス第8戦(9月9日・奈良・名阪スポーツランド)で、山本鯨選手(#1・CRF450RW)が総合優勝(2位/1位)を果たしました。IA1クラスのランキング首位を示すゴールドのポイントリーダーズゼッケンは、山本選手が維持しています。今回の現場レポートでは、Team HRCに帯同する淺井利彰氏(フィジカルトレーナー)に、山本選手のコンディショニングについてうかがいました。

淺井利彰

山本選手とはTeam HRCに入る前からパーソナルトレーナーとして関わり、MXGP参戦中も連絡を取り合ってきました。フィジカル的に高い基礎体力を持っているだけでなく、自ら設定した目標に向かって努力するセルフマネージメント能力など、オリンピック選手に匹敵するモチベーションの高さを持ったアスリートであると感じています。

多くのライダーも同様だと思いますが、山本選手はレースで勝つことを最優先として、自分を律して高めていくタイプです。例えば食事に関しては、レースの1週間前から脂質を落として糖質を増やしていますが、これは彼が自ら定めたことで、私はなにもアドバイスをしていません。脂質は消化吸収が悪いので、エネルギーへの変換が遅くなります。1週間前から制限する必要はないのですが、ルーティンとなっているのでそれは構いません。ストイックというよりは、楽しみはシーズン終了後に…という考え方のようです。

レースウイークには金曜から一緒に食事をしますが、ほぼイタリアンです。パスタが主体で、味付けはトマトベースがほとんど。クリームソースは避けていますね。具のソーセージに手を付けないなど、彼自身のルールがあります。MXGPに参戦していた3年間は、イタリアのチームに所属していたので、そこで学んだのでしょう。パスタはカーボローディングの王道ですが、全日本の開催地によっては和食に行くこともあります。

今シーズンのテーマとしては、持久力アップを掲げていました。もともと持久力があるライダーですが、昨シーズンを振り返ってみると、レース終盤に少し辛くなることもあったのです。持久力が落ちると集中力もなくなり、転倒のリスクが増えます。30分プラス1周を通じて集中力を高く保ちたい。そういう彼自身の目標を実現するため、シーズンオフから取り組みを始めました。

持久力を上げる方法の一つには、ステーショナリーバイク(自転車)によるインターバルトレーニングがあります。具体的には80~90%ぐらいの力で3分間漕いだ後、1分間ゆっくりと流す。心拍数が160~180ぐらいまで上昇するのでかなりきついのですが、この3分+1分をマックス5本、それを週に2回やります。持久力の中には有酸素性と無酸素性があって、モトクロスの場合、無酸素性の持久力が重要です。例えば長距離走などで有酸素性の持久力は上がりますが、山本選手が求めるレベルの無酸素性持久力をアップさせるには、このぐらい負荷をかける必要があるのです。

ただし、フィジカルトレーニングとライディングを両立させるのは難しいので、走行機会が増える時期にはトレーニングを減らします。もちろん朝から走りに行って、午後はトレーニング…というパターンは日常的によくありますが、両方100%ということはあり得ません。どちらかに重点を置いて、メリハリを付けることが大事です。

大まかなスケジュールとしては、レース後1週間は回復に当てるために休みます。ただし事前テストなどが行われるタイミングでもあるので、完全休養というわけではありません。休み明けにはトレーニング期間を設けて身体を作り、後半からスキルアップを重視したライディングに集中します。レースの1~2週間前からはトレーニング量とライディング量を徐々に下げて、できれば70%~50%まで落とします。これをテーパリングと呼ぶのですが、身体を回復させることでコンディションを整えるのです。もちろんテーパリングに入るまで、とことん追い込んだメニューをこなすことが前提です。

今シーズンは開幕から2週間刻みで第5戦九州まで続いたので、コンディションを上げたり下げたりする取り組みができませんでした。トレーニングには過負荷の法則があり、現状よりも高い負荷を与えて、回復する時に能力が上がるものなのです。ところが2週刻みだと回復期間を取れないので、開幕から第5戦まではワンブロックとして高めに維持し、第6戦藤沢までのインターバルを利用して回復と再稼動を行いました。夏の間も同様で、いったん休んでから第8戦名阪に向けてコンディションを上げました。回復期になにもしないのではなく、ジョギング、自転車、ストレッチングなど、軽い運動は続けていました。

レースウイークには、金曜日の昼過ぎにチームと一緒に現地入りします。金曜夜と土曜夜にマッサージとストレッチングを行うのですが、金曜はしっかり、土曜は軽めにやっています。本来であればレースの1週間前に山本選手と会って、マッサージなどを実施できたら理想的です。極端ですが、金土日になにもしない状況に持ち込めたらベスト。金曜にしっかりマッサージしないといけないということは、疲労が抜けていないことなので、レースに合わせたコンディショニングの失敗、すなわちテーパリングの失敗を意味します。モトクロッサーのセッティングに例えるならば、レースウイークの金曜にセッティングが合っていないのと同じ。すべて決まっていて、あとはネジが締まっているかどうか確認するだけというのが理想です。

実はレースの現場に来てから身体をいじりすぎると、走行時にライダーの感覚が変わってしまうことがあるんです。マッサージの沈静作用によって、筋肉がリラックスしすぎて、瞬発力や反応が鈍ってしまうからです。私の感覚としては、山本選手の身体をチューニングしているようなイメージですね。ここを緩めればちょうどいいだろうとか、逆に緩みすぎていたらエクササイズで動かして、緊張させることでベストに戻します。金曜には確認する意味もあって、背中、腰など全身を触ります。土曜は体幹部はあまりマッサージしません。バイクのフレームみたいなものですから、体幹部をいじると重心の位置が変わってしまったり、ふわっとした感覚になることあったり…。それほど繊細なものなのです。ですから土曜に触るのは前腕、首周り、ヒザ下、脇腹ぐらいにとどめます。

走行前にはウォーミングアップに加え、筋膜リリースなども行っています。筋肉は膜に包まれてソーセージのようになっているんですが、膜が硬く張ってしまうと筋肉の柔軟性が損なわれるので、皮膚の上からこすって緩めているのです。大腿など大きな筋肉にはリレーのバトンのような棒を用いますが、前腕は筋肉が細いので美顔用のローラーでコロコロしたりします。開幕当初は腕アガリに悩まされたようですが、こうした方法も解消に効果があったようです。

トレーナーの役割としては、メンタル面でのサポートを要求されることもありますが、山本選手に対しては特になにもしていません。ただ、ライダーにはいろいろと考えることがあり、コースの攻略、ライバルの動向、マシンセッティング、タイヤ選択などの項目を一つひとつクリアしながら、レースのシミュレーションをしていくものです。その中で自分自身のコンディショニングに関しては、心配しなくていい状態にしてあげたい。私ができるメンタルサポートは、その辺りにあるのではないかと思っています。