Team HRC現場レポート
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Vol.53

中川重憲チーフメカニックが第6戦までの戦況を分析する

全日本モトクロス第6戦(7月22日・岩手・藤沢スポーツランド)で、山本鯨選手(#1・CRF450RW)がパーフェクトウイン(1位/1位)を飾りました。第5戦(6月10日・熊本・HSR九州)からの4ヒート連続優勝によって、山本選手はIA1のポイントリーダーに躍り出ました。成田亮選手(#982・CRF450RW)は、IA1総合7位(7位/9位)。能塚智寛選手(#828・CRF250RW)は、IA2総合3位(3位/3位)。今回の現場レポートでは、Team HRCの中川重憲チーフメカニックにここまでの戦況を分析していただきます。

中川重憲

今年のカレンダーでは、前戦から今大会まで6週間インターバルがあったので、本来であればハード面のテコ入れをしやすいところでした。しかし今回は、成田が負傷からの復帰、山本はサスセッティング、能塚は走り込みに注力したため、あまり大きなアップデートは行っていません。

インターバルには、藤沢での事前テストに加え、北海道でテストを行いました。栗丘ライディングパーク(岩見沢)で1日、HOP(北海道オフロードパーク/千歳)で2日。暑さと梅雨を回避するために赴いた北海道でしたが、生憎の雨で栗丘はマディ。HOPはサンドなので、雨に降られてもベスコンに近い路面でした。

山本はシーズン序盤から悩んでいた腕アガリを解消するため、サスペンションセッティングに取り組みました。“硬かった”のひとことで片付けられるものではないのですが、バネ、ダンピング、フリクションなどのバランスを山本の好みに合わせる作業に時間が足りなかったことは確かです。ようやくフィーリングが向上して腕アガリしなくなったのは、第3戦菅生あたりからでしょうか。菅生では3位/3位でしたが、私としては少し不満なのです。勝ててもいいくらい山本の状態は良かったので…。

能塚車はエンジンに少し手を入れました。狙いはパワーではなく、扱いやすさの追求です。量産先行車なので、将来を見据えた仕様を検討しながら参戦している状況です。能塚にとっての北海道テストは、ひたすらヒート練習に明け暮れました。1人で走っても緊張感が足りないので、いつも熱田が後ろからプッシュするのですが、抜かれてしまうこともあったのです。能塚が250で、熱田が450という条件を考慮しても、全日本チャンピオン('16)であり、GPライダー('17)でもある現役が、引退したアドバイザーに負けるようではダメでしょう。熱田は山本や成田の練習相手になることもありますが、さすがにこの2人にはかないません。

成田は第5戦熊本で右足を傷めたのですが、後の検査で骨折が判明したため、手術をしてずっと安静にしていました。藤沢の事前テストからライディングを始めたのですが、出場しても完走できるかどうか微妙な状態でした。それでも痛みをこらえて、2レースを走りきったのはさすがです。ブーツの色が違っていたでしょう。あれは1サイズ大きいのを履いて出たからです。これまでは練習量が好調の源だったので、乗り込み不足が響きました。それでも成田には瞬発的なスピードがあったし、前半だけでも上位を走ったことは超人的と言うしかありません。

藤沢でピンピンを決めた山本ですが、実は土曜の予選では不調でした。1位小方誠選手=1分48秒142、5位成田=1分49秒305、7位山本=1分49秒573…という僅差ではあったのですが、タイムアタックが得意な山本にとっては、過去ワーストの順位でした。1周目からピットインしてサスセッティングを変更していったのですが、100%気に入るまでには詰めの作業が少々必要でした。

山本はセッティングに対する感性が非常に繊細で、成田のストライクゾーンが5だとしたら、2.5ぐらいのピンポイントを求めるのです。芯を外すと本領を発揮できません。セッティングが合うまで譲れないのですが、スイートスポットにはまると完ぺきな走りをする。もちろん成田にも明確な好みはありますが、そのゾーンにぴったり収まらなくても外れた分は腕でカバーしてくれるので、結果的に許容範囲の広さがセッティングの幅に表れます。どちらもうるさいことは確かで、成田の方が妥協点が低いということではありません。

ちなみに熱田は山本車でも成田車でも乗れるし、ストックでも結構いいペースで走れてしまうのですが、彼の場合は与えられた物を最大限に生かせるように自分をアジャストする能力があるのです。能塚も割と何でも乗れるタイプなので、その点では熱田に似ているかもしれません。セッティングには手間がかからないのですが、能塚には成田や山本のようにはっきりした好みがないからだとも言えます。データ解析では説明しきれない、不思議な部分があるのです。

セッティング作業におけるメカニックの役割は、ライダーのコメントとマシンの動きを仲介する通訳のようなものです。エンジンにしてもサスペンションにしても、どこをどれだけアジャストすればいいのか…。穏やかな注文に対しては1クリック、語気が強かったら2クリックで合うものなのか…。そんなことは一概に言えないし、正解が記されたマニュアルはありません。ライダーの性格、マシンの特性、コース状況や戦況などを踏まえてベストセッティングを出せるようになるには、ボキャブラリーと経験が必要です。Team HRCでは若いメカニックを採用して育成を図っていますが、私はいま工具を持たずに彼らの成長を俯瞰する立場にいます。

予選7番手という不振に喘いだ山本は、橋本メカニックやSHOWAの担当エンジニアとコミュニケーションを積み重ねながら、ベストセッティングを引き出しました。その結果が決勝2ヒート全ラップでトップを独占したパーフェクトウイン。スタートが得意な山本は、ホールショットこそ田中雅己選手に譲りましたが、オープニングラップのさばきでトップの座を奪いました。

スタートのグリッド選びでは、かなり迷いがあったようです。ヒート1では中央のボックスからややアウト寄りでしたが、ヒート2では思いきり大外から2番目のグリッドに振りました。MXGP(モトクロス世界選手権)参戦時の山本は、いつもアウトから好スタートを連発していました。さすがに予選で上位に入ってイン側を取ることは難しいので、毎戦アウト寄りからスタートしているうちにテクニックが磨かれたのでしょう。藤沢ではイン側から押されることを嫌い、少しためらいもあったようですが、世界レベルで通用している山本のスタートが、日本で決まらないわけがないでしょう。そう背中を押された山本は、見事に自分の勝ちパターンを引き寄せました。

今回の勝利でIA1ランキングは逆転し、山本が成田に対して9ポイントリードする形になりました。第7戦(広島)が中止となったため、残すラウンドは第8戦(9月9日・奈良・名阪スポーツランド)と最終戦(10月28日・宮城・スポーツランドSUGO)のみ。名阪は山本が移住して走り込んでいる地元、そして菅生は成田のホームグラウンドです。

IA2クラスでは、ポイントリーダーの古賀太基選手に対し能塚が7点ビハインドで、こちらも予断を許さない展開になっています。今大会の能塚からは好材料が見つかりません。スタートから決まったのは予選のみで、決勝になると出遅れたり、転倒したりなどのミスが散見されました。小川孝平選手が1位/1位、古賀選手が2位/2位、能塚が3位/3位というリザルトに救いがあるとすれば、古賀選手との差が3点+3点ではなく、2点+2点で済んだことぐらいでしょうか。今シーズンは5勝を挙げている能塚ですが、さらに飛躍できるかどうか、この夏のがんばりが問われることになりそうです。

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