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inside HPD〜語り継がれるアメリカン・ホンダ・レーシング・スピリット
vol.6堀内大資(Daisuke Horiuchi)Hondaパフォーマンス・ディベロップメント(HPD)チーフ・エンジニア
「栃木研究所以外で初めて完成したHondaのエンジン」

要するに、単独で供給するということは、当然のことながらHPDで開発してきた新しいエンジンではなく、それまで使用してきたエンジンを継続して使うということになります。ワンメイクになっても性能や信頼性において各ドライバーやチームに満足してもらい、なおかつコストダウンも実現するには、実績があってパーツも豊富な従来のエンジンを使用するしかないということです。

さらにIRLからは燃料を将来エタノールにしたいという依頼があり、2006年はメタノールに10%混ぜて使用することになりました。エタノールを使ってパワーが落ちる分を補うために排気量を3.5リットルに戻すことになったため、2004年のインディジャパンまで使用していたエンジンをベースに、駆動系のパーツも含め、ほとんどを流用することになったのです。

2006年はワンメイクだけなく、エタノールという新しいチャレンジも始まりました。 2006年はワンメイクだけなく、エタノールという新しいチャレンジも始まりました。

問題は、2006年に向けて開発していたオールHPD製のエンジンを、どうするかということでした。「アメリカでHondaのエンジンを作ろう!」を合言葉に、2年以上の歳月を費やして開発してきたエンジンを、なんとか生かせないか。IRLからワンメイクの打診があった頃から、我々は他のシリーズに参戦する可能性を懸命に模索することになります。

様々な検討を経た末に決まったのがアメリカン・ルマン・シリーズ(ALMS)へのチャレンジであり、北米で展開しているアキュラ(Hondaの高級車ブランド)のライバルがたくさんいるALMSに、2007年からの参戦が決定しました。2006年3月7日には、ついにオールHPD製の新しいエンジンも完成。組み上がったばかりのまっさらなエンジンを社員全員で囲み、記念撮影をしたのは一生忘れられません。

当初インディ用で開発していたため、ヘッドカバーは赤い色のままでした。 当初インディ用で開発していたため、ヘッドカバーは赤い色のままでした。

何しろ、Hondaにとって栃木研究所以外でできた初めてのエンジンです。3日後にはダイナモで初めてエンジンに火が入り、軽快に回る音にみんな感動していましたね。スタッフにとっても、きっと最高の瞬間だったと思います。図面の書き方から始まって、なかなか揃わない部品の調達に苦労したりと、様々なことが僕の頭の中を駆け巡っていました。もちろん、みんなで行ったその日のディナーは、本当に最高でしたよ!(笑)

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