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 Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン

Moto2エンジンビルダー「エクスターンプロ(ExternPro)」が語るそのすごさとは

Hondaエンジン供給による、ロードレース世界選手権の中量級カテゴリー“Moto2”が2010年に始まって以来、ライダーは合計で月までほぼ3往復する距離を走破しています。

この想像を絶する数字の実現には、スペインのモーターランド・アラゴンにあるエクスターンプロ社(ExternPro)の活躍があります。12年シーズンを終え、ジオ・テクノロジー社(Geo Technology)からMoto2エンジンの準備作業を引き継いで以来、約5シーズン半の間でMoto2ライダーが走った約200万kmの半分以上を、ExternProが担当したことになります。

各Moto2ライダーには18レースで構成されるシーズン中、3レースごとに新品またはリビルド済みのCBR600RRエンジンが抽選により供給。ExternProの7名の専属スタッフにより、すべてのライダーに信頼性・パフォーマンスともに同等のエンジンが届けられます。ちなみにCBR600RRエンジンは合計で約200基あり、常にライダー、リビルド、ダイナモマシンの間を回ります。

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン CBR600RRエンジンとともに映るExternProのスタッフ。左からカルロス・ロレンズ(エンジン・ビルド担当)、アルフォンソ・カルトーヨ(データ・エンジニア)、トレバー・モリス(テクニカル・ディレクター)、アレサンドロ・ソリャーノ(ダイノ・エンジニア)、アシエール・モルダナド(パーツ担当・コーディネーター)、アルバート・オメデス(エンジン・ビルド担当)とフアン・ウソン(エンジン・ビルド担当)

我々のモットーは“ノーミス”ですと語るのは、ExternProのテクニカル・ディレクターのトレバー・モリス氏。1980年以来GPレースに関わり、ジョン・エクロード、ニール・マッケンジー、ニッキー・ヘイデンやミカ・カリオといった、伝説的なライダーたちとともに仕事をしてきたベテランは「エンジンの準備には多少やりすぎる面もありますが、エンジンの信頼性を最大限に高め、エンジン間の差を無くすことが目的です」と語ります。

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン アシエール・モルダナド(パーツ担当・コーディネーター)とCBR600RRエンジン。ExternProでは、200基のCBR600RRエンジンがレースとリビルドを往復します

Moto2で供給されるエンジンは市販のCBR600RRエンジンをベースに、シリンダーヘッドのポート加工と、カムシャフト、バルブスプリング、ECU、ACジェネレーター、低ギア比の1速ギアを含む、HRCレースキット・パーツが組み込まれています。ピストン、クランクシャフト、コンロッド、ギアボックスなどは、市販パーツのままです。

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン ポート加工されたシリンダーヘッドを含み、ほとんどのMoto2エンジン・チューニングパーツは、HRCのWSS用CBR600RRレース・キットが使用される

各エンジンは3レースごとにリビルドされ、ピストン、クランクシャフト、コンロッドは新品と交換されます。それぞれに番号が割り振られたエンジンは、詳細な作業履歴が記録され、チームが独自にエンジン内部を改造できないように、4箇所で封印されています。

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン 1500kmごとにExternPro社内ビルド・ベイでリビルドされるCBR600RRエンジン。左からロレンズ、オメデス、ウソン

Moto2エンジンは、MotoGPクラス参戦を夢見る次世代のトップライダーたちの限界を超えるような走りに耐えなければなりません。各ライダーのグランプリ1回におけるギアチェンジは約9万回、シーズンを通すと合計160万回という計算になります。ECUでエンジン回転数を1万5900rpmにリミットされていますが、ライダーによってはダウンシフトの際、頻繁にこのリミットを超えることがあります。

「トップライダーの中には、1万7000rpmを超えるダウンシフトを好むライダーもいます」と語るモリス氏。「各セッションやレースが終わると、すべてのマシンのデータをもらい、不正が無いかをチェックします。ソフトウェアで高すぎるエンジン回転数や水温など、異常なパラメータ値は自動的に分かるようにしています。ダウンシフトの際にあまりにもオーバーレブするライダーがいたら、エンジンの信頼性には問題は無いが、3レース目にはエンジンパワーが落ちる可能性があることを、そのチームに伝えます」

ロードレース世界選手権の運営母体DORNA(ドルナ)との契約では、エンジン間の馬力(130馬力・ピーク時)の差は3%とされていますが、ExternProはさらにこだわり、その差を約1%にまで縮めています。「エンジン60基をテストしたばかりですが、すべて1.2馬力以内の差でした。それは、Hondaの製造品質と、ExternProの技術の高さのおかげだと思います」と、NSR500の2-ストロークエンジンからRC211V MotoGPエンジンまで、長年Hondaのレースエンジンのチューニングを手がけてきたモリス氏は語ります。

「差を最小限にするために、すべてのプロセスを全く同じように行います。そこからエンジンをグレード別にまとめ、一度に供給されるエンジンの中にある差を、ほぼなくしています。そうすることで、ライダーは競争力の高いエンジンが供給されることで安心できます」

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン
ミクロン単位でシビアな目を光らすフアン・ウソン(エンジン・ビルド担当)がCBR600RRのコンロッドを測定。すべてのMoto2エンジンに平等なパフォーマンスと完ぺきな信頼性を確保する上で不可欠なプロセスだと語る

Elf(エルフ)社製の燃料とLiqui Moly(リキモリ)社製の潤滑油を使用するエンジンがリビルドされると、必ずExternPro社内のダイナモメーターにかけられ、エンジンの出力が計測されます。

「各エンジンは、約2時間ほどダイナモマシンにかけられます。そうすることでライダーはエンジンが供給された時点でフルスロットルにすることができ、エンジンをならすことによるタイムロスもありません。ExternProでのエンジンのならしが終わると、出力を記録、圧縮の数値をチェックし、オイルのサンプルを分析して、ならしが正常に完了したことを確認します」

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン 新品・リビルド品問わずにすべてのCBR600エンジンは、ならし、解析と馬力測定のために2時間ダイナモマシンにかけられる

「チーム・オーナーたちからよく聞きますが、さらに利点もあるそうです」とモリス氏は語ります。「Moto2が好きな理由の一つに、コストが明確であることを挙げています。1シーズンにつきエンジンのコストが決まっているため、細かく、より正確に予算を組むことができます。エンジンのR&Dコストを心配する必要もなく、チューニングのスタッフを雇ったり、エンジンのリビルドや修理などといった、通常のレース・シリーズでは未知数のコストを心配することもありません」

ピットの中でエンジンのセットアップなどに時間をかける必要がないため、サーキット上でライダーがスキルを研ぎ澄ませることに集中できることが、ライダー中心に考えられているMoto2の哲学とも言えます。

Moto2のコンセプトは、低コストとテクノロジーの平等性により、ライダーが自分のスキルで勝負ができることです。

実際に、Moto2ライダーはより多くの時間をサーキット上で過ごすようになってきました。2014年チャンピオンのティト・ラバト選手は、セッションが始まるとピットを離れ、ピットでの細かい調整は行わずに、セッションが終わるまで戻らないトレンドを作りました。そうすることでサーキットごとにテクニックを磨くことができますが、同時に1レースで走行距離が500kmを超えるようになってきました。しかし、エンジンに悪影響はありません。

Moto2クラス:CBR600RRエンジン地球〜月を3往復分!レースを支えるワンメイクエンジン アルフォンソ・カルトーヨ(データ・エンジニア)によるCBR600RRエンジンのダイノテスト解析。エンジンオイルのサンプルがスペシャリストによる解析のために準備されている

ExternProが準備したエンジンの中で、トラブルがあったのは100万kmで5基のみ。そのうち3基はクランクボルトの破損で、原因はエンジンのハーモニクスを変える標準外のスタータ・モーターが使用されたことでした。この問題もクランクボルトとスラストワッシャーの再設計で解決されました。

「長年モータースポーツに関わってきているのでわかることですが、エンジントラブルの多くはヒューマンエラーによるものです。メカニックたちには常に、小さなことでもエンジンに多大な影響を与えることを話しています」とモリス氏は言います。

アラゴン・モーターランド・テクノロジー・パークは、地元の住民を有効活用する目的もあって、地方行政からの一部援助で設立されました。地元の住民以外の社員は、モリス氏のみです。ほか6名のスタッフは、全員モータースポーツ界に初めて参加しています。スタッフは、エンジン・ビルド担当のカルロス・ロレンズ、アルバート・オメデスとフアン・ウソン、データ・エンジニアのアルフォンソ・カルトーヨ、ダイノ・エンジニアのアレサンドロ・ソリャーノ、そしてパーツ担当とコーディネーターのアシエール・モルダナドです。

エンジンは空輸ケースに入れられ、ヨーロッパ内ではExternProのトラック、ヨーロッパ外にはDORNAチャーター便で運ばれます。
HondaとExternProのMoto2における契約は、2018年シーズン終了まで継続します。

Specifications
ベースエンジン
Honda CBR600RR
タイプ
4気筒4ストローク600cc
ECU
主催者から提供されたものに限る。チームによるセッティング変更は禁止
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