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アジアの旋風

第9回活路を模索中

シーズンは中盤戦に差しかかり、フランス、イタリア、スペインとレースの本場で転戦が続く中、IDEMITSU Honda Team Asiaは予想外の苦戦が続いていました。チャンピオン争い、あるいは少なくとも表彰台争いを目標にしてスタートした2014年でしたが、シーズン序盤は不運なトラブルが続き、ヨーロッパラウンドに入ってからは、かろうじてポイント獲得圏内ぎりぎりという苦しいレースの連続になりました。

この苦境から一刻も早く脱するために、チームは第6戦イタリアGP後にムジェロ・サーキットに居残りで事後テストを実施。また、第7戦カタルニアGP終了後は、カタルニア・サーキットでの事後テストと、スペイン内陸部のモーターランドアラゴンへ移動してさらに2日間のテストを精力的に行いました。

この数戦、本来の実力よりも低い順位でゴールせざるをえなかった理由について、中上貴晶は
「……ひとことで言うのは難しいのですが、結果を出せないレースが続いて、チームも自分も知らず知らずのうちに、焦りが大きくなっていたのかもしれません」
と、自分たちの内情を振り返りました。

「レースウイーク初日の走行結果がよくて2日目の方向性が見えたと思ったときに、実際に走ってみると思い通りにいかなかったりすると『こんなはずじゃない……』と焦ってしまうため、安定したパフォーマンスを出せなくなってしまいます。また、『このままだといい結果は望めないのでなにかを変えたい』という気持ちから、いろいろなことを変えすぎてしまい、焦りが悪循環を生んで、ちょっと冷静さを欠いていたのだと思います」
そのことに気づいたきっかけは、カタルニアGPの決勝レースだった、と中上は振り返ります。

「あのときは結果を望めない状況だったので、冷静にマシンの状態を感じながら、走り方も少し変えてみました。一生懸命走ってもタイムにつながらないので、一歩引いた気持ちで冷静に走ってみると、走り方を変えてみたことでいい点や悪い点が見えてきてきました。しかも、今までと走り方を変えたのにラップタイムは意外に変わらなかったんですね。いろいろな条件でいろいろな要素を判断できたので、レース後のミーティングの際には、事後テストでこういうことを試したい、こういうプランをやってみたい、とチームに相談しました」

監督の岡田忠之は、中上を焦らせてしまった原因の一つは自分たちチームのスキルにもある、と考えています。
「カタルニアGP後のアラゴンテストでは、徹底的に走り込みをすることで、いろいろなことが分かってきました。例えば、フロントフォークに対して中上が求めているものは、サスペンションのスタンダードな領域ではなく、もっと低い部分や高い部分での動きとフィーリングだということがわかってきました。これは、彼の求めるものを瞬時に理解して解析し、セットアップへ展開していけなかったチームのスキル不足の問題です。
また、今シーズンはできるだけタイムを落とさない方向のマシン作りを進めてきたのですが、その方向性に対する中上の満足度は60〜70%、ということでした。タイムが出ず、成績を出せなくなってくると、さらにいろいろな要素が気になってきて、焦りが大きくなってしまうのかもしれません。つまり、ブッチギリで走れていた最高状態のイメージにこだわってそこへ回帰しようとしてしまうあまり、本人もチームも、どんどん現実とイメージが乖離していくことになるわけです。このような状態にいるからこそ、今はいきなり頂点に復帰しようとするのではなく、まずは中庸を目指したいと思います」

そのために、レースウイーク全体の取り組みも大幅に変更することになりました。昨年のチーム結成以来、岡田監督はデータ不足の不利を補うために、セッション中はコースサイドで選手のライディングやマシンの挙動を観察し、チームへフィードバックする役割を果たしていましたが、今後は可能な限りピットボックスで選手たちが落ち着いて取り組めるような精神面でのケアを心がけ、チーム内の焦りを払拭していく役割に徹したい、と考えているのです。

「とにかく今は、できることを一つずつ、確実にやっていこうと思います。オランダGPは天候という不安定な外的要因もウイークを大きく左右するので、メンタルな部分から各セッションの取り組みを捉え直していくつもりです。先日のアラゴンテストは非常にいい内容でしたが、テストがよかったからといって拙速にベストリザルトを求めることにならないよう、全体の雰囲気や流れをうまくコントロールしたいですね。予選も、そこそこの位置は必要ですが、なにがなんでもポールポジションやフロントローを狙うのではなく、セッションのいい取り組みが反映される形で、3列目位くらいに入ることができれば、決勝レースでもいい走りができるのではないかと思います。とにかく、まずはしっかりと落ち着いて、気負って目標ばかり高すぎるような状態にしないこと。私はいわば、ラジエーターのような役割(笑)をできればいいのではないか、と思っています」

RCV1000Rのさらなる戦闘力向上を目指して

MotoGPクラスを戦う青山博一も、この数戦は苦戦が続きました。青山が乗るオープンカテゴリーのマシンRCV1000Rにとって、エンジンの動力性能がものを言うイタリアのムジェロ・サーキットやバルセロナのカタルニア・サーキットは、どうしても不利な戦いを余儀なくされます。両レースとも、かろうじてポイント圏内でのフィニッシュになりましたが、今回のサーキットはその2戦と比べれば、コースレイアウト的にまだ戦いやすい要素はありそうです。その条件を生かすために、今回のレースウイークでは、第4戦まで使っていたセットアップで走ってみることになりました。

また、今回のレースから新しいフロントフォークを試すことにもなりました。旋回性に課題を抱えてきた青山にとって、これは状況を改善する大きな福音になりそうです。

レースウイーク初日は、
「カタルニアGPのときよりもフィーリングよく走ることができました」
と、青山もいい手応えをつかんだ様子でした。2日目は、さらにフロント周りのセットアップを詰めていきたい、と話していましたが、金曜のフリー走行3回目は、オランダ名物の「ダッチウェザー」に翻ろうされて十分な煮詰めはできませんでした。

それでも初日に得た好感触は本物のようで、午後の予選でも青山は快調な走りを披露しました。もう少しでトップグリッドを決めるQP2に進出できそうな勢いも見せましたが、結果は14番グリッドスタート。それでもセッション自体の内容はまずまず、といった表情でした。

現地の気象予報によると、決勝日は高い確率で雨が予測されていましたが、青山は、できればドライコンディションでのレースがしたい、と話しました。
「ここまでドライコンディションで推移してきましたからね。しかも、今年はまだしっかりとしたウエットコンディションで走行したことがないので、ぼくたちオープンカテゴリー用の共通ECUはファクトリー勢の電子制御とどれくらいのパフォーマンス差があるのか、未知数の部分が大きいんです。だから、雨が降ると、ある意味ではぶっつけ本番のレースになりますね。でもオランダだから、きっと降るでしょうね……」

案の定、土曜午後の決勝は雨に翻ろうされるレースになりました。ウエットコンディションから始まって、レース中にスリックタイヤを装着したマシンへ乗り換える「フラッグ・トゥ・フラッグ」になり、青山にとってはやや苦しい展開になりました。結果は16位。リザルトは不本意な結果に終わりましたが、このレースウイークでの積み上げは、次のドイツGPに効果を発揮するだろう、と青山は話します。
「(スリックタイヤのマシンでは)昨日とだいぶコンディションが違うのに、昨日と同じセットアップで走ってしまったことが敗因ですね。走りながらセットアップを変えることはできないので、機能するように走りを工夫して攻めましたが、思ったようにスピードに乗っていきませんでした。でも、今回のレースウイークでフロント周りを変えたことで、その部分のフィーリングは確実によくなりました。今回の決勝ではいいフィーリングを出せませんでしたが、次の第9戦ドイツGPのザクセンリンクでは、その変更がすごく効いてくると思います」

ポジティブな要素を確実に積み上げ、次のステップへ

新しい姿勢で第8戦のレースウイークに臨んだIDEMITSU Honda Team Asiaは、一歩ずつ確実に前進を続けていきました。初日のフリー走行では午前と午後の走行を終えて、中上貴晶は18番手ながら、トップと1.012秒差という内容でした。

「目先のことだけに捉われないように心がけて、午前と午後のセッションに臨みました。ここは路面温度があまり上がらないので、何度もピットインを繰り返すたびにバラバラなフィーリングを伝えるのではなく、可能な限り多く周回して統一感のあるコメントをするように心がけました。その目標はしっかりと実行できたので、明日は結果をキッチリ出したいと思います」

チームメイトのアズラン・シャー・カマルザマンは、ライディングの改造を今季の大きな目標にしていますが、その手応えと成果は着々と実感できている、と話します。
「今日のFP1とFP2では自分のライディングの改善、特にブレーキングポイントとライン取りの見直しに集中して、とてもうまくいったと思います」
ややはにかんだような笑みをうかべながら、アズランはこの日のセッションを振り返りました。
「問題を修正するのに長い時間がかかりましたが、マシンをだいぶ理解できるようになってきたので、今後はもっとよくなっていくと思います。かつての自分は、ブレーキングで深く突っこみすぎていたのですが、今は手前でブレーキすることにより、コーナーの出口で早くスロットルを開けられるようになりました。その結果、エンジンの回転数をもっとうまく使っていけるようにもなりました。アグレッシブな乗り方から、もっとスムーズな乗り方に変わってきていると思います。この調子を今後も維持して、明日の予選でももっとよくしていきたいですね」

金曜午後の予選では、中上に成果が現れました。チームとともに焦らず冷静な取り組みを心がけた結果、2列目5番グリッドを獲得したのです。
「この苦しい状況の中で、チームはマシンをよくするためにとてもがんばってくれました。厳しいレースが続きましたが、やっと2列目まではい上がってくることができたのは、自分にとっても大きな自信になりました。とは言っても、一番大事なのは決勝のリザルトなので、明日はどういう天候になるか分かりませんが、強い気持ちでレースに臨みたいと思います」

その決勝レースは、やはりオランダGPだけに雨に翻ろうされる結果になりました。サバイバルゲームの様相もていする状況で、多くの選手が転倒。アズランも残念ながら序盤周回で転倒を喫し、ノーポイントに終わってしまいました。
「今回のレースウイークでは、多くの点を改善できましたが、決勝ではポイントを獲得するつもりで攻めていたものの、残念ながら転んでしまいました。レースは最終的に天候が変わってしまったために、いいセッティングで臨むことができなかったのですが、条件は全員が同じなのだから言い訳はしたくありません。今回は攻めた結果の転倒でした。次のレースこそ、いい結果を獲得したいと思います」

2列目5番グリッドスタートの中上も、1周目の1コーナーでコントロールを失った他選手に進路をふさがれてしまい、大きく順位を下げてしまいました。
「決勝はだれもベースセッティングがない状態でのレースになりましたが、それにしてもここまで厳しくなるとは思っていませんでした」

その表情からは、やはり悔しさがぬぐいきれません。
「……完走しかできなかったのは悔いが残りますが、転倒だけは絶対しないようにゴールを目指し、マシンの挙動をしっかり感じとりながら、次へつなげるために走りきりました」

監督の岡田は、レインコンディションでの課題は残すものの、それでも次へ向けて確実に前進を遂げることはできた、と話します。
「雨でのブレーキ入力やスロットルワークなど、ドライコンディションのときと比較するとアジャストしきれていないという点はありますが、それでもウエットコンディションでの問題点を拾い上げることができたので、次につながるレースでした。また、今回からセッションの取り組み方を変えたことにより、オーリンズやKALEXのエンジニアも『コメントが的確になった』と喜んでくださいました。この状況を維持していけば、中上はきっと本来の調子を取り戻してくれるでしょうし、アズランもいい走りをみせてくれるでしょう。今後に向けて、さらに新たな走りにもトライしていかなければならないかもしれないですね。次のザクセンリンクは小さなコースなので、現在の我々の取り組みは、さらに好結果につながってくると思います」

苦しい時間をチームとライダーが一丸となって耐え、長いトンネルを脱け出すべく全力で戦ってきたIDEMITSU Honda Team Asiaに、ようやく出口の光明が見えてきました。激戦の続くMoto2クラスでは厳しいレースが今後も続きますが、IDEMITSU Honda Team Asiaのライダー両名は、岡田監督率いるスタッフたちと手を携えながら着実に一歩一歩、前進を続けています。