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アジアの旋風

第8回欧州ラウンドで巻き返しを図る

開幕戦が行われたカタールのロサイル・サーキットの決勝レースで激しいトップ争いを演じた中上貴晶は、続く第2戦のアメリカズGP、第3戦のアルゼンチンGPでは、ともに苦戦を強いられる結果になりました。アメリカズGPは9番グリッドからのスタート。決勝での追い上げを狙いましたが、レースが始まると減速時の違和感に苦しみ、やがてリアタイヤの振動も発生してペースを上げきれず、11位でチェッカーを受けました。

続く第3戦アルゼンチンGPは初開催地で、初日金曜日の走行は4番手と幸先のいい滑り出しになりました。しかし、土曜日午後の予選はやや苦しい内容だったために、日曜午前のウォームアップでセットアップを変更し、巻き返しを図りました。その際に、エンジンに不調が発生し、決勝レースではエンジンを乗せ替えて挑むことにしましたが、その作戦も功を奏さず、15位という不本意なリザルトに終わってしまいました。

一方、チームメートのアズラン・シャー・カマルザマンは、プレシーズンからライディングフォームの改良に取り組み続け、アメリカズGPは33番グリッドからスタートして18位フィニッシュ、アルゼンチンGPでは31番手からのレースで21位のチェッカー、とポイント獲得圏内にこそ入れませんでしたが、確実に予選順位よりも位置を上げてゴールするレースが続いています。

そして、いよいよシーズンは戦いの舞台を欧州に移し、ヨーロッパラウンドが始まります。第4戦スペインGPが行われるヘレスサーキットは、シーズンの中でも最も盛り上がる会場の一つです。IDEMITSU Honda Team Asiaは、ここヘレスで2月と3月にプレシーズンテストを行っており、その際に中上はトップタイムも記録している得意コース。それだけに、このレースでいいリズムを作り、本来のパフォーマンスを発揮するきっかけにしたいところです。

各セッションの組み立てを変更

今回のレースウイークを前に、監督の岡田忠之は、各セッションの組み立てを変更する方針を打ち出しました。

「今回から、ピットインは基本的に1回のみ。どんな状態のマシンでもライダーがその状況に対応して走れるように順応していく、ということが狙いです。マシンに大きなトラブルなどが生じない限り、タイヤが摩耗してもその状態で走ってもらいます。中上は、セッション中に後ろにつかれることを嫌がる傾向があって、今まではそのような場合にピットへ戻ってきて回避することもあったのですが、『他人の背後について走りたがるような選手のことなど気にせず、自分の走りに集中しよう』と伝えています。両選手とも、好成績を目指して高いモチベーションを保ってくれているので、2人の走りに期待をしたいと思います」

4月下旬から5月上旬のスペイン・アンダルシア地方はからりと晴れ渡った好天に恵まれます。今年のスペインGPも、レースウイークの3日間を通じて、例年通りの快晴で推移しました。朝の早い時間帯は13〜14℃とやや涼し目の傾向ですが、強い日差しが降り注ぐ昼に向けて気温は一気に上昇し、午後は30℃前後まで上昇します。この日差しは路面の状況にも影響を与え、午前中は30℃前後の路面温度が、午後になると50℃を超えることも珍しくありません。いきおい、マシンのセットアップやタイヤの摩耗、滑りやすさにも影響を及ぼすことになります。

金曜のフリープラクティス(FP)1回目で、中上はトップタイムから0.451秒差の10番手でしたが、コンディションが厳しくなった午後のFP2では順位を上げ、3番手タイムにつけました。環境の変化にもぶれることなく安定した走行で好位置につける内容は、まずまずの走り出しといえるでしょう。

「午後は予想以上に暑くなり、コンディション的にもグリップを得にくい状況で、みんなが苦労をしていた中で午前から順位を上げることができたので、ポジティブなセッションだったと思います」と、中上自身もいいフィーリングで初日の走行を終えた様子でした。また、今回のウイークを前に岡田監督が新たに示した指針についても「順応している」と話しました。

「厳しい状況の中でもマシンにあまり頼らず、自分自身が柔軟に変化して対応していくつもりで走行しました。特に午後のようなコンディションだと、タイヤは10周もすればパフォーマンスが一気に落ちてしまうのですが、それでもライダーががんばることでタイムの落ち幅を小さくし、レースに向けていいフィーリングをつかむことができました。明日に向けて詰めていかなければならないところはまだありますが、初日金曜の出だしとしては、悪くなかったと思います」

全戦でポイント獲得を続ける青山博一

最高峰のMotoGPクラスでは、RCV1000R駆る青山博一が健闘しています。開幕戦カタールGPを11位で終えて以来、毎戦ポイント圏内のトップ15でフィニッシュし、第3戦のアルゼンチンGPではオープンカテゴリー最上位の10位でチェッカーフラッグを受けました。

このヘレスサーキットは、過去に優勝経験もある得意コースで、ファクトリー勢とのタイム差が出にくいレイアウト面での特性ともあいまって、健闘が期待できそうです。金曜は午前のFP1と午後のFP2を終えて総合16番手と、緩やかな走り出しになりましたが、土曜のFP4では10番手タイムを記録しました。このFP4に続いて行われた15分の予選(QP)1では好タイムを連発し、周回ごとに自己ベストを更新。セッション終了間際にはこん身のタイムアタックで、QP2へ進出できる上位2名に食い込むかという勢いでした。しかし、残念ながら僅差で3番手になり、QP2への進出は叶いませんでした。それでも13番手からのスタートは今季ベストグリッドです。

「最後のアタックは全区間で最速を記録したものの、セクター3だけロスをしてしまいました。セクター1、2、4はいいペースなので、この区間の改善に集中して、明日に備えたいと思います」

やや悔しいセッションになったものの、いい手応えもつかんでいるだけに、青山の口調もなめらかです。

「ここは差が出にくいサーキットなので、スタートをしっかり決めて、タイヤに厳しくなる後半に耐えて粘る展開にできるようがんばります。今年はここまでいい流れできているので、明日もそのリズムを維持したいですね」

日曜の決勝レースには11万7000人の観客が詰めかけ、選手たちに熱い声援を送る中、青山は12位でチェッカーを受けました。この日の午後も路面温度は高く、ウイークでも最高の55℃に達しました。

「タイヤにも体力的にも厳しいレースでした。フロント・リアともに柔らかめのタイヤコンパウンドで賭けに出たのですが、タイヤは最後までしっかりがんばってくれました。前のグループに追いつくのに時間がかかってしまい、そこでタイヤのいちばんいいところを使ってしまったせいでタイムを伸ばしきれなかったのが残念です。それさえなければ、もっと上位にいくこともできていたと思います。今回のような、差が出にくい小さいサーキットではチャンスがあることを示せたと思うので、これからもがんばって詰めていきたいと思います。次戦のル・マンをもっと楽しみにしています」

青山の言葉にもある通り、フランスGPが行われるル・マン・サーキットは中低速コースでストップ&ゴータイプのレイアウトなので、立ち上がり加速でファクトリー勢についていくことができれば、今季ベストリザルトも現実味を帯びてくるでしょう。

スペインGP決勝

Moto2クラスの決勝レースは、日曜の午後0時20分にスタートしました。1周目で上位につけた選手たちがそのまま逃げきる展開でしたが、中上にとってはアンラッキーなレースになってしまいました。

全26周のレースで、序盤はなかなかペースを上げることができず、中盤以降に少しずつ前の選手をオーバーテイクして、後半3分の1ほどになったところで中上は11番手につけました。ほぼ単独走行で我慢のレースを強いられながらも、終盤にさらに1つ前の選手に追いつき、抜き去ろうとしていた中上ですが、すでにこの段階でフロントのフィーリングが厳しくなっていたようでした。

「(トーマス)ルティ選手が見えていて、少しずつ近づいていたので、自己ベストタイムを出しながら追い上げていたのですが、最終ラップの1コーナーでフロントが切れこんで転倒してしまいました。再スタートをしたのですが、この転倒の影響でタイヤがパンクしていたようで、6コーナーで再び転倒してしまいました」

監督の岡田は、いいマシンを仕上げることのできなかったチームの責任、と敗因を振り返りました。

「今回の結果は、中上が持っている本来のパフォーマンスを引き出してやれなかったチームの責任です。レース中のタイムの落ち幅は昨年よりも改善できていますが、彼本来の速さを発揮できるセットアップのマシンにすることができませんでした。Moto2クラスはライダーの技量が大きなウエイトを占めるので、中上のポテンシャルを引き出せる強いチーム力を発揮しなければならないと痛感しています」

チームメートのアズランは、31番グリッドという後方からのスタートを強いられましたが、レースは24位でフィニッシュ。ポイント獲得はなりませんでしたが、ライディングの改善やレース距離の戦い方は着実に進化を遂げている様子です。

「今日の決勝レースは路面温度が高く、タイヤのライフが厳しくなるのは明らかだったので、前の集団についていくために序盤からプッシュしました」

とアズラン。リザルトこそ満足のいくものではありませんしたが、この完走はかならずや今後の走りにつながってくることでしょう。

「今はライディングの改造に取り組んでいる最中なので、序盤のタイヤの使い方をはじめ、まだまだ改善しなければならないところがたくさんあります。たくさん学んで、次のレースではぜひともいい結果を出したいと思います」

このレースを終えて、チームは早速、スペイン内陸部のモーターランド・アラゴンへ移動し、2日間のプライベートテストを行いました。このテストに向けた意気込みを、岡田監督はこのように話しました。

「レースウイークにはできない大きな変更にもトライします。両ライダーに精力的に乗り込んでもらうことで、マシンのいいポイントやいいセットアップを積み上げ、次のレースで勝てるマシンに仕上げてゆきます」

5月8日と9日の2日間をアラゴンでテストに専念したチームは、息つく暇もなく、ワークショップのあるフランス・アレスへ移動。中上、アズランの両選手は、第5戦フランスGPに備え、岡田監督とともにダートトラックで精力的なトレーニングを継続しました。

5月も中旬を迎え、ここから先の数カ月は本格的な欧州のサーキット転戦が続きます。IDEMITSU Honda Team Asiaの逆襲は、チームが本拠地を置くフランスで開催される第5戦フランスGPから始まります。