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vol.1 Honda MotoGP 2013シーズン分析 トップへ

私なりにMotoGPを分析し、お届けするこのコーナーだが、「800cc時代」の2011年にスタートして、今年で4年目となる。
2012年にはエンジン排気量が800ccから1000ccとなり、市販車をベースとしたエンジンを搭載したCRTマシンの参戦がスタート。大変革を経て、2年のシーズンを過ごしてきたわけだが、2014年もまた、大きな変化のある年となる。

まずは、全車がマニエッティ・マレリ社製のECU(エンジン コントロール ユニット)を搭載するということ。
そして、「ファクトリーオプション」と「オープンカテゴリー」という、2種類のマシンで争われることだ。

昨シーズンまでのプロトタイプマシンは「ファクトリーオプション」へと名称を変更された。エンジンや車体の動作を電子的に制御するECUのソフトウェアに独自のものを採用できる代わりに、燃料タンクは昨年の21Lから最大20Lまでと容量が削減され、シーズン中に使用できるエンジンは開幕戦時点で開発を凍結される5基に限られる、といった制約を受ける形となる。
同じく、昨シーズンまでのCRTマシンは「オープンカテゴリー」へと名称も変更になる。ECUとソフトウェアは「オープンカテゴリー」全車が共通のものとなる一方、燃料タンクは最大24L、エンジンも12基まで使用可能。シーズン中のエンジン開発も可能になる。さらに、「ファクトリーオプション」のマシンが用いるタイヤよりも、1ランクソフトなものが供給され、「一発のタイム」が出しやすくなるなど、メリットのあるものへと変化する。

ここ10年ほどの間、MotoGPにもたらされた変化とは、環境負荷の低減や、高速化の一途をたどるマシンのパフォーマンスに一定の歯止めをかけるといったものを主な目的としていたように思うが、今回のレギュレーション変更は、さらに「MotoGPがこれからどこへ向かおうとするのか」を占う上で、注目すべきものであると考える。
その中で、Hondaはいったいどのように戦っていこうとするのだろうか。HRCでレースを統括する中本修平さんと語り合いながら、皆さんとともに、考えを深めていってみたいと思う。

プライベーターに高い戦闘力を持ったマシンを

発表以来、どうしても気になって仕方のないHondaの市販車が、一台ある。
ワークスマシン、RC213Vのノウハウをフィードバックしたシャシーに、V型4気筒エンジンを搭載。ワークスマシンのような「ヒミツのテクノロジー」は投入されていないことから、純粋な戦闘力という意味ではRC213Vに一歩劣るだろうが、MotoGPできちんとトップレベルのバトルができるマシンであることは間違いない──。
その名も「RCV1000R」。
付けられたプライスタグは120万ユーロ(約1億7000万円 1ユーロ=140円で換算)。マシン2台とエンジン2基+シーズン中のエンジンオーバーホール費用を含む価格だが、このマシンの価値を考えれば、「バーゲンプライス」とも言えるものだというのは理解しているものの、ポケットマネーで自分のものにできる身分にないことが、なんとも、もどかしいばかりである……。

そう、この「RCV1000R」は「市販レーサー」だ。MotoGPへのエントリーさえ受理されれば──という条件こそ付くものの、言葉の通り「お金を出せば、誰でも買えるレーシングマシン」のことである。「市販車」としては途方もない価格ではあることは確かだが、極端な話、今すぐにでも世界最高峰の二輪ロードレースの世界に打って出ることができるのだ。
これまでもHondaは、RSシリーズやNSR500Vなど、「トップレベルの戦闘力を持ちながらも、プライベーターが参戦しやすいレーシングマシン」を生み出し、「おれたちの技術でワークスチームを喰ってやろう」という野心あふれるプライベーターたちのレース活動を力強く支えてきていたし、その取り組みが多くの名ライダーを生み出し、レースを盛り上げるための土壌になってきたのだ。
できる限り低コストで、世界最高峰の二輪ロードレースを高いレベルに保つためのマシン。これはHondaにしかつくることのできない、Hondaの「良心」が体現されたマシンだ。私はそう感じ、だからこそ、このマシンに興味を惹かれてならないというわけだ。

プレシーズンテストでは、ニッキー・ヘイデン、青山博一、カレル・アブラハム、スコット・レディングがこのマシンを走らせ、ヘイデン、青山とも、昨シーズンをしっかりと上回るタイムをたたき出してきている。
どのライダーも「まだポテンシャルを100%引き出すには至っていない」と話し、小さなトラブルもいくつか発生しているようだったが、私の経験上も「生まれたての市販レーサー」とはそういうものだ。これからシーズンを通して改良が進めば、間違いなくMotoGPをより一層盛り上げる役目を担ってくれるに違いない。Hondaが、このマシンに込めた想いとは──?


宮城:青山選手に話を聞いたら、『RC213Vと同じ乗り味だった』と言っていました。去年乗っていたCRTマシンとは比べものにならないくらい、安定してレースができるのは間違いないでしょうね。
中本:『CRTマシンよりも安定して性能を発揮できるマシンを開発してくれ』というのが、MotoGPを統括するDORNA(ドルナ)からのオーダーでしたからね。その目標はしっかり達成できていると考えるし、自信を持っていますよ。
Moto3クラスに投入している「NSF250F」もそうですが、レースに参戦するチームに、リーズナブルな費用で、できる限りハイパフォーマンスなマシンを提供する。これはHRCの使命でもあると考えていますから。
宮城:これも青山選手から聞いた話ですが、一部のオープンカテゴリーのマシンは、エンジンパワーがかなり出ているみたいですね。青山選手が去年所属していたチームのカワサキエンジンは、パワーだけで言えばトップレベルにまで達していると聞きました。RCV1000Rについては、どうでしょうか?
中本:ニッキー(ヘイデン)なんかは、『とにかくパワーがない、なんとかしてくれ』と言うんだけど、彼が去年、ドゥカティのマシンで出したタイムは2分2秒台。今回のプレシーズンテストでRCV1000Rに乗って出したタイムは2分1秒台。個人的には『何をもってパワーがない、と言っているの?』というのが僕の感想なんですよね。
宮城:そりゃ、120万ユーロという定められた価格で作った市販レーサーが、直線でワークスマシンをやすやすとぶち抜くようなことにはならないですよね(笑)。RCV1000Rはそういうコンセプトのもとにつくられたバイクではないし、パワーがないならば、それに対応した走らせ方をするべきというのが、ライダーとして思うことですね。
中本:そうだね。ニッキーも試行錯誤している最中なのだと思うけど、絶対的なパワーでファクトリーマシンにかなわないのであれば、減速・旋回・加速の組み立てを変える必要がある。それにもかかわらず、昨年まで乗っていたドゥカティのファクトリーマシンと同じポイントで減速を始めたら──幸いにして、RCV1000Rはよく曲がるマシンに仕上がっているようでもあるし、それと相まって──おかしなラインで走ることになるよね。
さらに、彼は『パワーがない』と思っているから、素早く加速するためにスロットルを大きく開ける。そうするとマシンが横を向くから、結局はスロットルを戻すことになる。データを解析してみると、本当にフルスロットルで加速体勢に入るのは、他のライダーよりずっと遅かったりするんですよね。
宮城:「バイクの特性に合わせた走りをする」というのは、テクニックの引き出しが多く必要ですよね。短い距離で減速、旋回、加速を、ものすごく丁寧にしてやらないといけないし、とにかくごまかしがきかない。
ニッキーのコメントからもわかるように、キャリアのあるライダーほど、やっぱり最初は自分のスタイルが染みついているから苦労することもあるかもしれない。でも、ニッキーといい青山君といい、このバイクの特性がわかってきたら、その経験を生かして、きっといいところを走るようになると思うんですよね。彼らの新しいアプローチにはすごく期待しているところなんですけどね。
中本:まあ、テストにおける一発のタイムを見て速い、遅いというところに注目が集まっていますけど、当然のことながら、レースは一周のタイムで結果が出るわけじゃない。すべて走りきったときには、ちゃんとした結果が出せるというようにマシンを作ってきたし、まずはそこを見てみるしかないですね。

究極のモーターサイクルを目指すためのHondaの戦い

私は「世界最高峰の二輪ロードレース」は、すべてのモーターサイクルの「模範」であってほしいと常に願っている。
モーターサイクルのパフォーマンスを徹底的に追求し、観る者をわくわくさせ続ける存在であってほしい。同時に、安全・環境といった面で、時代に適合したものであり続け、そして永続可能なものであってほしい。

確かに、「ファクトリーオプション」のマシンに課せられるものは厳しい。燃料タンクは、昨シーズンまでの21Lからさらに1L削減され、わずか20Lでレースを走りきらなくてはならない。
シーズンを通して使うことのできるエンジンは5基。おまけに、開幕戦の時点で使用しているエンジン仕様をもって開発は「凍結」され、シーズン中に改良を行うことはできない。これこそが「電子制御に独自のソフトを使えるようになる」ことへの代償というわけだが、2サイクルから4サイクルへの移行、燃料の使用量の制限、安全性の追求──いずれも、困難をともなった。
しかし、厳しい制約の中から、未来に繋がるテクノロジーが生まれることもあるのだ。
マニュファクチャラーが皆「最高峰のモーターサイクルはかくあるべし」という理想像を共有していたからこそ、「ケンカもするけど握手もする」ように、歩調を合わせてレースを発展させてくることができたのだ、と私は考えていた。

だからこそ、ドゥカティ勢が、「ファクトリーオプション」の行使ではなく、全車「オープンカテゴリー」での参戦を決めたことはパドックに衝撃を与え、私もおおいに驚いた……。


宮城:「究極のモーターサイクル」の追求には、コストも手間もかかる。だから、「製造者」とは異なる立場にあるプライベーターに対しては、規制を緩和して戦力の均衡を図ろうというのが、現段階における「オープンカテゴリー」の思想なのだと、解釈していたのですけど……。
中本:「オープンカテゴリーにはワークス体制で参戦してはならない」といったレギュレーションはないので、よそのマニュファクチャラーが「オープンカテゴリー」で参戦することについて、我々としてとやかく言ったりはしません。
ただ、セパンテストの2回目の直前に突如アップデートされた、オープンカテゴリー用の「共通ソフト」が、これまで供給されていたものと全く互換性がなかったこと。
さらに、コードを解析してみると、その共通ソフトが実はドゥカティの手によるものだった、というのには納得がいかないし、驚いたのは確かですね。
もし、この状態で「オープンカテゴリー」がMotoGPクラスのスタンダードになるのだとしたら、ガソリンもエンジンもたっぷり使えるようになる……というわけだから、とても時代に即しているとは言えないんじゃないかな。
宮城:あまりにドゥカティにとって優位な状況になった場合には調整が図られることになったとはいえ、「共通のソフトウェア」さえ自作しているに等しいマシンが、燃料タンクの容量やエンジンの開発といった制約の少ないオープンカテゴリーで参戦していることに近いわけですからね……。
中本:我々としては、『来るなら来い』というスタンスで臨むしかない、と思っていますけどね。我々はするべきことはきっちりと行ったし、それだけのアドバンテージを持った相手に勝てば、我々の優秀性が際立つでしょう。
宮城:『来るなら来い』というのは、すごく頼もしい。RC213Vの仕上がりについては上々と言えますか?
中本:もちろん、厳しいことは厳しいですよ。特に使えるガソリンが1L減らされたというのはね。でも、我々には長年にわたって、あらゆる分野で蓄積してきたノウハウというのがある。機械的なものでもそうだし、電子制御の技術もそう。
「HRCだけですべてやりきれ」と言われたらそれは難しいけれど、我々には四輪、二輪、汎用、そしてあらゆるモータースポーツで培ってきた技術があります。
2002年には、8耐(鈴鹿8時間耐久ロードレース)で通常は7回行うはずのピットインを6回まで減らして優位に立ったことがあったけれど、あれもそうだし、F1で敢えて燃料の噴射量を減らしてパワーを落としながらも、燃料搭載量を少なくしてタイムを稼いだことがあったのもそう。
さまざまなプロダクトを手がけ、あらゆるレースに参戦していることというのは、Hondaにとってかけがえのない財産になっていますよね。
宮城:1L減ったことですごく苦労された一方で、レーシングマシンっていうのは、基本的にいろいろなパーツを最適な場所に乗せるために、『場所の取り合い』みたいなことがあるじゃないですか。車体関係のエンジニアさんにとっては、なにかいいことというのもあったんでしょうか?
中本:特にないんじゃないかなあ。
宮城:本当に?燃料タンクが1L減った部分には、なにが入っているんです?
中本:ハハハ……マシンを速くするために働いてくれる小人さんを一人入れてありますかね(笑)。レーシングマシンのガソリンタンクは、大きくするのはものすごく大変だけれど、小さくするのはそんなに大変じゃないですよ。
宮城:そういうものですかねえ(笑)。

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