開発ファクトリー潜入[車体]

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空力性能はバランス勝負

800cc最終年を戦うRC212Vの開発が急ピッチで進められていた、2011年初頭のある日──。
前年の最終戦後、ドゥカティからHondaへと移籍してきたストーナーは、「バイクをつくっているところを見たい」とリクエストして、埼玉県は朝霞市にあるHRCのファクトリーを訪れた。
エンジン、電気系、車体……それぞれのパートの開発者と言葉を交わした後、カーボンの目地がそのまま見える未ペイント状態のカウルに近づいて、携帯電話のカメラで撮影。さらには、待ち受け画面に設定するという、「バイク好きの青年」としての一面を開発陣に見せたそうだ。そんな彼が、プロトタイプの2011年型RC212Vをじっくりと見回して一言、こう話したのだという。
「これは、よさそうだ。でも、もし風が強い中でレースをすることになったら、アッパーカウルに穴を開けてもらってもいいだろうか?」
この言葉に、「空力性能」の奥深さが垣間見える。

RC212Vの外装の開発を担当するのは、井上さんと中田さんだ。
「空力性能、とひとことで言っても、バイクで実現しなくてはならない性能には大きくわけて2つあります。ストレートを走るときに重視しなくてはならないプロテクション性と、コーナリングで重要になる操縦安定性ですね。それだけではなくて、エンジンの冷却性能にも関係するし、とにかく、あらゆる要素を考えなければ、優れた空力性能は実現できないのです」
と、中田さん。
「ストレートでは、速度に応じて増えていく空気抵抗を減らすことで、加速性能やストレートスピードを向上させる必要があります。これは、バイクを前から見たときの形状が影響します。そこからバイクを寝かせてコーナリングへと移るときには、側面の形状が重要で、これによってライダーが思い通りにバイクをバンクさせていくことができるか、そうでないかがハッキリと分かれるのです。ストーナーは、カウルの形状を見て、風が強いときに自分の望むハンドリングが得られなくなってしまうのではないか、ということを危惧したのでしょう」
とは言え、井上さんが語ったとおり、空力性能は様々な要素が複雑に絡み合った、「必然性のかたまり」のような形状である。いくらストーナーの言葉とは言え、「穴を開ければ済む」という話でもない。それによって、さらにハンドリングとプロテクションのバランスが崩れたり、冷却性能に悪影響を与えたりしないとも限らないのだ。しかし、開発陣はその要求に応えた。

「もちろん、ライダーの要求に応えるのが我々の仕事ですから。でも、わざわざ日本まで来てくれた彼の熱意が嬉しかったし、同じ『バイク好き』として、とても親しみが湧きました。ダニもそうですが、このライダーとなら、きっといいバイクを一緒につくっていける……!と思いましたね。ただ、すでに風洞実験をして狙う性能を発揮できていたので、おそらくカウルに穴を開ければ、様々な不具合が出るだろうと予想できました。そこで、サイドから見たところの形状を……」
続きを話そうとする井上さんの隣にいた開発責任者の宇貫さんが、にこやかに口を挟む。
「そこから先は、ちょっと秘密にしておいたほうがいいかもしれませんね」
Hondaは、昔からガードが堅いのだ……。私がHRCのワークスライダーとして走っていたときには、ファクトリーを見学させてくれたりはしなかった。井上さんが、申し訳なさそうに続ける。
「……なんとか開幕までに、サイドから見たところの形状を工夫することで、風が強いときにもストーナーの要求するハンドリングの軽さを実現できる外装をかたちにしたのです」
ストーナーのリクエストがどのようにRC212Vの外装の形状に反映されたのか……詳しくはお話しできないが、じっくりとご覧いただくことで、何かが見えてくるかもしれない……。このサイドビューには、間違いなく「プロテクション性とコーナリングの軽快性を両立させる」ことによって導き出された形状があるのだ。

車体担当の腕の見せ所「エキゾーストパイプ」

「あと少しで核心に迫ることができるのに!」というところで「待った」をかけてきた開発責任者の宇貫さんだが、「そうだ、ここは自信作みたいですよ」と、自らテールカウルを開いてくれた。
覗いてみると、そこではエキゾーストパイプがぐるりととぐろを巻いている。隠してしまうのがもったいないくらいに完成された造形だ。シートカウルの内部に固定するためのステーなど、別にアルミの板でも構わないだろうに、きちんと美しくデザインされている。……神は細部に宿る。そんな言葉が頭に浮かんだ。

少し意外かもしれないが、この部分──エキゾーストパイプを設計するのは、エンジンパートではなく、車体パートの担当者だ。
エンジンの開発者がベンチテストを行い、長さや太さなど、ベストと考えられる諸元を導き出す。そして、これを車体の開発者が、限られたサイズの車体にどのように収めていくかを考えるのである。
エンジンの開発を担当する和泉さんは「『無理を承知』でリクエストすることもあり、ときどき申し訳ない気持ちにもなりますね」と語るが、ここは車体の開発者としての腕の見せ所である。
「エンジンの高出力化のポイントは『よく吸い、よく燃やし、よく排出する』ことだと言われています。吸気や排気の抵抗はできるだけ少ない方がよいので、エキゾーストパイプも当然、出来る限りストレートに近い形状にはしたいので、過去には車体の下方側面に排気口を設けたこともあるのですが……『バイクを傾けると排気音が路面に反射して、うるさくて集中できない』とライダーから非難囂々でした。求められるエンジン性能を達成するために必要な長さを稼ぎつつ、できるだけライダーから離れた位置に出口を持ってくるというと、テールカウルの中でとぐろを巻くようにして収めるというのが、いまのところ最善の解決策なのです」

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外装開発 井上

外装開発 中田

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