モータースポーツ > SUPER GT > 2015 NSX CONCEPT-GT マシン解説

SUPER GT

今季のNSX CONCEPT-GTを分析する Analysis of NSX CONCEPT-GT 2015 version

2014年に導入された新しい車両規則に基づいてHondaが開発した「NSX CONCEPT-GT」は、ダウンサイジング・コンセプトやハイブリッド・システムを採用することで
動力性能だけでなく環境性能の改善も図った次世代のGTマシンとして登場し、シーズンを通じて熱戦を繰り広げた。しかし、その戦闘力をさらに磨き、シーズン中に明らかになった弱点を克服するため
技術陣はマシン開発の原点に立ち返って改良に取り組んだ。 果たして、完成した 2015年仕様はどんな改良や熟成が実施されたのか、GTプロジェクトリーダーを務める松本 雅彦が解説する

エンジン

効率のよいエンジンを追求。エンジンの性能を根本から改善。

 ダウンサイジング・コンセプトを採り入れた現在のエンジン規則は動力性能と環境性能を高い次元で両立することを目指したもので、このため従来のように単純に動力性能を規制するだけでなく、より高い効率を追求する方向へと大きく舵が切られています。
 これを象徴しているのが燃料の流量規制でしょう。たとえば、従来であればエアリストリクターによってエンジン内部に導ける空気の最大量を規定し、これで動力性能の上限を定めていました。このエアリストリクターに代わるのが燃料の流量を制限する燃料リストリクターで、たとえば100kg/h(1時間あたりに供給できる燃料の最大量が100kgであることを意味する)といったように使用できる燃料の上限を規制しています。
 エアリストリクターで空気の量が制限されていた時代は、できるだけ多くの燃料を燃焼させて最高出力を追求することもできました。けれども、現行規則では燃料の量が制限されているため、「一定の燃料からより多くの出力を取り出すためにはどうすればいいか?」といった方向に発想を転換しなければなりません。これがすなわち、効率の追求という考え方に結び付くわけです。

 このため2015年シーズンに向けてはエンジンヘッドを中心に燃焼効率の改善を目指す開発を実施しました。エンジン特性としては、たとえば高回転域のパワーアップを図るとか低回転域のドライバビリティを改善するといった特定の回転域に的を絞ったものではなく、トルクを全域で増強する、いわば従来のトルク曲線をそのまま上側に平行移動させるような開発を目指しました。つまり、まずはエンジンの“素”の性能を改善させ、サーキットごとに必要な特性はその都度のチューニングで対応するという発想です。この結果、どのサーキットでも戦闘力の高いパフォーマンスを発揮できるエンジンに仕上がったと考えています。


エアロダイナミクス

セッティングのしやすさ、扱いやすさを向上。弱点だった“跳ね”を改善。

 DTMとの共通化が図られた現行規則はコストの高騰を抑制することが重要なテーマのひとつとなっており、このためGT500クラスでかつて導入されていたレギュレーションに比べると自由に開発できる領域が厳しく制限されています。エアロダイナミクスについていえば、1年間の開発で改善できる余地がおおむね従来の半分程度まで減りました。つまり、これまで1年間で向上できた空力性能の進歩幅をかりに“10”だったとすれば、現在はこれが“5”前後まで圧縮されているのです。
 このためエアロダイナミクスの開発に際してはテーマを慎重に選定する必要性がこれまで以上に高まりました。ここでHondaはセッティングのしやすさ、扱い易さに主眼を置きながらも、

昨年チームやドライバーを悩ませた“跳ね”の現象を抑えることに取り組みました。この“跳ね”は、コーナーの手前でブレーキングしたとき、路面のうねりなどがきっかけとなって激しくボディが上下するもので、この現象が起きるとマシン・コントロールが難しくなり、制動距離が伸びてしまうなどの問題を引き起こします。
 この“跳ね”は、空力特性やサスペンション設定などが相互に関係しあって発生するもので、解決は容易ではありませんが、 2015年仕様ではその発生メカニズムを詳しく解析し、エアロダイナミクスなどを改良することでその抑制に努めました。


  • フロント左右のカナード
  • ボディ側面下の小翼
  • リアウィング

コクピット

コクピット全景

ステアリング

レイアウトを見直して、操作ミス防止につなげる。

 ドライバーがマシンの動きをコントロールするコックピットはレーシングカーの中枢と呼んでもいいくらい重要な働きをします。もっとも、その作り込みによってラップタイムが秒単位で変化することは希ですが、ひとたび運転操作を誤れば大きく遅れをとることがあるほか、最悪の場合には操作を誤ってリタイアに追い込まれることもあります。その意味でもコクピットの開発をおろそかにすることはできません。
 ただし、現行の車両規則は主要なコンポーネンツに標準部品を用いなければならないと定めているため、大規模な開発を行うことはできません。サイドサポートのシェイプが深く、極めて安全性の高いドライビングシートや、昨年、ドライバー交代や給油作業にはあまり適していないと指摘されたモノコックも基本的には昨シーズンのままです。
 そうしたなかで、今年は一部スイッチのレイアウトを見直しました。これは、昨シーズン、一部のドライバーから「手が届きにくい」と指摘されたことを受けて実施されたものですが、こうした細かい作業が思わぬミスを防止し、場合によってはタイトル獲得のチャンスを呼び寄せることになると私たちは考えています。


足回り

サスペンション・ジオメトリーの調整代に有利な設計に変更。

 現行レギュレーションでは足回りの仕様をフレキシブルに変えられるパラメーターが厳しく規制されていますが、どこをどのくらい調整できるようにするかは自動車メーカーの選択に任せられている部分もあります。一例を挙げると、サスペンション・ジオメトリー(サスペンションが上下にストロークしたときに起きるタイヤと路面の角度や位置の変化。これをどう設定するかによって、タイヤのグリップ力、ロードホールディング性、ステアリング特性などが変わる)に関係する部品にも制限があり、どんな部品でも自由に使えるわけではありません。このあらかじめ定められた範囲内で、各自動車メーカーが使用するタイヤの特性とすべてマッチさせなければならず、したがって2015年シーズンのHondaであればブリヂストン用とダンロップ用の2種類にこの調整代を活用することになります。いっぽう、3つのタイヤメーカーを使用する自動車メーカーであれば本来3種類のタイヤに最適化した仕様を用意しなければいけないので、ひとつのタイヤメーカーに割り当てられる仕様変更の幅は狭くなります。反対に1メーカーのタイヤしか使わないのであれば、その1種類に集中できるので相対的に広範囲な変更が実現可能となるわけです。
 この規則で得られるメリットを最大限に活用するため、 2015年仕様のNSX CONCEPT-GTではセッティングの調整代を好ましい範囲で、できるだけ大きくとれるよう設計を見直しました。

サスペンション・ジオメトリー調整を広くした