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全日本モトクロス2015 Team HRC現場レポート

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vol.27 パーフェクトウインの裏側

パーフェクトウインの裏側

全日本モトクロス第8戦(9月13日・奈良・名阪スポーツランド)にて、成田亮選手(#1・CRF450RW)がIA1完全優勝(1位/1位)、富田俊樹選手(#317・CRF250RW)がIA2完全優勝(1位/1位)を果たし、Team HRCは両クラスでパーフェクトウインを達成しました。なお、IA1首位だった小方誠選手(#2・CRF450RW)は、転倒によりノーポイント(DNF/DNS)となりました。今回の現場レポートでは、河瀬英明チーフメカニックにTeam HRCの戦いぶりを振り返っていただきます。

両クラスでピンピン(両ヒート優勝)を取ったので、リザルト的には完ぺきでしたが、その半面ポイントリーダーの小方が負傷するなど、波乱に満ちた大会となりました。小方のクラッシュは、IA1ヒート1の1周目だったんですが、フィニッシュジャンプの空中で三原選手に追突し、体勢を崩してしまいました。私のレース中の持ち場はコースの低いところにある第2サインエリアだったので、その場面は目撃していないんですが、会場のざわめきやチームの無線を通して状況は伝わってきました。

無線で最初に聞いたのは「なんでそんなとこで抜きにかかるんだ!」という芹沢監督の第一声、そして「誠、苦しそう……。大丈夫か……。起き上がった」という中川メカの報告でした。ピットインして身体のダメージを確認したところ、肩の痛みと胸を強く打ったことによる息苦しさがあったものの、なんとか走れそうだと小方が判断したようです。

コースイン後の小方は、トップグループの1分40秒台に対して、2分40〜50秒ぐらいのスローペースで走っていました。チームの考えとしては、小方の痛々しい姿を心配しながらも、1ポイントでも多く取ろうと方針を決めました。ただし周回数が優勝者の75%に満たない場合は完走にならないので、トップと小方の周回数を見ながら判断することにしました。レース中盤の段階で小方は5〜6ラップ遅れになっていましたが、終盤になってタイム計測を担当している国府方メカから、「もう無理だろう」と無線連絡が入り、リタイアを決断しました。

監督の言葉にもあったように、小方は判断を誤っていました。スタート直後の1周目で5番手でしたから、焦る必要は全くなかったんです。フィニッシュジャンプで強引に仕掛けても差が付くところではないし、パッシングポイントだったらほかにいくらでもありました。公式練習でもいいタイムが出ていたし、身体能力が高い小方としては、じっくりと後半勝負に持ち込むべきでした。

ヒート1終了後、小方は病院で骨には異常なしと診断されましたが、そのまま検査入院したためヒート2はDNSとなりました。今大会はノーポイントなので、第3戦広島から守ってきたランキング首位から陥落し、リーダーズゼッケンも手放すことになってしまいました。

対照的に、成田は巧みなレース運びを見せてくれました。ヒート1では小島選手、熱田選手、田中教世選手が飛び出したんですが、成田はオープニング11〜12番手あたりでした。スタートに失敗したわけではなく、隣のライダーと絡みそうだったのであえて引いたのだと聞きました。成田はその後2〜3周はペースを上げず、コースや周りの動きを観察していたようです。

普段だったら出遅れても1〜2周目でガツンと上位に来るものですが、今回はそういった成田らしさがなく、慎重にレースを組み立てているように見えました。これは私の想像ですが、成田はレース前の情報量不足を補うために、序盤2〜3周を観察に費やしたのではないでしょうか。

コースはベストコンディションでしたが、久々に名阪らしいサンドで普段よりも深いギャップができていました。ライダーは直前まで路面をチェックをしていますが、先に行われるIA2のレースで変化した点などの最新情報は、コース全周に散らばっているチームスタッフからの報告で知らされます。無線連絡を受けたメカニックが、ライダーに伝言するのです。

ところが、今大会ではメカニックが傘持ちとしてウェイティングエリアに入る場合は、無線を外すように言われたんです。前回の菅生まではバッグなどを身に付けなければ、傘を差していいことになっていました。メカニックがスターティングエリアに入れるのは、ライダー全員が入った後になるのですが、傘持ちをしながら無線や工具を使用することに制限を設けるのは、不公平感をなくすためのルールなのでしょう。

また、ライダーごとにメカニックとサブメカニックが登録されていて、担当者以外はマシンに触ることができない決まりがあります。Team HRCの場合、成田には千葉メカ/私(河瀬サブ)、小方には中川メカ/国府方サブ、富田には伊藤メカ/橋本サブという分担です。サブメカの登録はエントリー時に行いますが、戦況の変化に応じて当日の受け付け時に変更届けを出しています。今回は橋本に代わって、私が富田のサブを兼任しました。

サブメカの動きとしては、スタート直前までは千葉メカをサポートして、ヘルメット、扇風機、工具バッグなどを預かったり、情報交換にも参加します。ところが今大会は、第2サインエリアに通じるトンネルがレース中は通行禁止になったので、私は早めにスターティングエリアを離れて、持ち場の第2サインエリアに向かわなければならなかった。成田とのコミュニケーションは千葉メカが付いているので不足はなかったはずですが、2〜3周目の走りからは慎重に観察している雰囲気が伝わってきたのです。

もちろんサイティングラップという機会はあります。ただし、そこには駆け引きがあって、どこかを重点的にチェックしているとライバルに見抜かれてしまうので、路面をじっくり観察したい場所ほどわざと無関心を装ったりするものなんです。今回は路面がソフトで荒れていたので、ラインの見極めはいつもより重要でした。

余談ですが、昨年あたりからルールが厳しくなり、第2サインエリアにはサブメカニック登録をしていないと入れません。サインボードは登録したライダーにしか出せません。ですから、小方に対しては、腕をぐるぐる振り回して激励していただけでした。

話を成田の走りに戻しますが、3周目あたりからスイッチが入るとすぐに4番手まで上がりました。無線で入ってくる情報によると、小島選手と熱田選手が43〜44秒台だったのに対し、成田は41秒台を連発していたので、すぐにトップに追い付くだろうと確信しました。最終的には小島選手が転倒してトップに立ったのですが、時間の問題だったと思います。

ヒート間は負傷した小方のケアに加えて、成田車のフレーム交換という作業があり、人員的に大変でした。成田車は岩盤をグラウンドヒットした際に、フレームの下側にクラック(ひび)が入っていたのです。交換作業を千葉メカがてきぱきと進める一方で、私は本部へ走って再車検の段取りをしたり、小方車の破損箇所の修復作業もチェックしていました。時間の制約がある中でしたが、千葉メカと中川メカのプロフェッショナルな仕事ぶりを頼もしく思い、「ウチは強いチームだ」と実感しました。

その傍らでは、伊藤メカが通常通りのスケジュールで富田車の整備を行っていました。私は本来であれば、IA2でも第2サインエリアを担当する予定だったんですが、成田車と小方車のフォローに回ったため、ヒート2を見ることはできませんでした。もっとも、富田は私のサインボードを必要としないほど順調だったようですが……。

富田は結果としてはピンピンでよかったんですが、ヒート1の後半はライディングが硬かったですね。ヒート2は無線で聞いていただけでしたが、田中雅己選手に追いかけられていました。富田は腕上がりを起こしたようです。いつもだったらもっと足腰を駆使してうまく乗るんですが、今回は手に力が入ってしまったらしい。田中選手に負けられないという意識で力んだ面はあるだろうし、周回遅れの処理に手間取ったことも一因でした。

IA2のチャンピオン争いは、能塚選手のクラッシュによって大差になりましたが、ポイントリーダーの富田が油断することはないと思います。志が高く、ずっと先を見ているライダーなので大丈夫でしょう。ただし、この先なにが起きるか分からないので、常に緊張感を保ってもらいたいと思います。

IA1に関しては、今回のレースでタイトル争いがリセットされました。熱田選手=314、小島選手=309、小方=289、成田=283……。成田は残り全勝するつもりでいますし、最終戦に出場するトレイ・カナード選手やクーパー・ウェブ選手にも闘志をぶつけていくことでしょう。首位の熱田選手から成田までは31ポイント差ですが、逆転不可能な数字ではありません。もちろん小方にもチャンスはあります。

レース後の成田は、いつになく厳しい表情をしていました。普段ですとピンピンを取ったらうれしくて大騒ぎをするのに、今回はあまり浮かれず静かに喜びを噛みしめているようでした。逆転タイトルの目が出てきたからでしょうか。表彰台では「残り全部勝つつもりですが、チャンピオンを取る気はありません」などと言っていましたが、本音では正反対だろうと思います。

小方にはモトクロス・オブ・ネイションズに遠征する予定がありましたが、第9戦川越に備えて回復に専念するため、出場はキャンセルします。小方の代役として、山本鯨選手が出場します。