19歳の時、1984年製Hondaプレリュードを新車で購入した。
「20年20万キロ」を目標に、プレリュードと共に過ごすカーライフが始まった。
結婚を機にミニバンへの乗り換えも検討したが、幸いにも妻がこの車を気に入ってくれていた。
そこで目標を「30年30万キロ」へと更新し、2015年、家族4人でその節目の日を迎えることができた。
次は何を目指そうか?
そう考えた末、新たな目標と夢を掲げ、また一歩前へ進むことにした。
それから10年。
目標として掲げていた「月まで行くぞプレリュード」は、走行距離38万4千キロを達成。
そしてもう一つの夢、「娘の運転する愛車の助手席に座り、ドライブに連れて行ってもらう」
という願いも、2025年末ついに叶った。
この10年間、プレリュードは決して平穏無事ではなかった。
トラブルの度に JAFの方々に助けられ、また、Honda Carsにお勤めの二代目主治医には、丁寧な修理とメンテナンスで何度も支えていただいた。
2ドアクーペで、エアバッグもない車。それでも我が家の一員として認めてくれた妻と子供たち。
先代、そして二代目主治医の献身的な整備のおかげで、プレリュードは今も現役で走り続けている。
感謝の気持ちは尽きない。
娘はこの夏、MT免許を取得し、初心者マークを付けハンドルを握っている。
「昭和の車に初心者マーク?」対向車や隣の車線から、熱い視線を感じることも少なくない。
幼い頃から鈴鹿サーキットに連れて行っていた影響か、娘はすっかり”モタ女子”に成長。
今ではSUPER FORMULAやSUPER GT、公式テストまで一緒に観戦する仲になった。
次に手の届きそうな目標は、ドジャースの大谷選手にならって[40ー40]=[愛車歴ー走行距離]。
愛車歴40年はすでに超え、現在は42を目指している。
さらにその先の夢は **[50ー50]**。
さすがにその時は、娘に運転をお願いすることになるだろうか。
ドミニカンレッドのプレリュード。
還暦を迎え、ようやく赤い車が似合う年頃になったのかもしれない。
最後に一言。
「愛車君、お互い老体に鞭打って、もうひと踏ん張り頑張ろうな」


