旅するレーシングカーN-ONEオーナーズカップのある暮らし~元Hondaエンジニア・野口牧人さんの場合

旅するレーシングカーN-ONEオーナーズカップのある暮らし~元Hondaエンジニア・野口牧人さんの場合

ナンバー付きの「N-ONE」を使ったワンメイクレース「N-ONE OWNER'S CUP」。2014年に始まったこのレースは、初心者からセミプロまで、様々なレベルの方が気軽に参戦できるシリーズとして人気を集め、2019年は150人以上のドライバーがエントリー。全国各地のサーキットで年間14戦が行われるまでになっています。その人気の理由はどこに……?参戦ドライバーの声から探ってみます。

Honda一筋、仕事一筋

野口牧人さんは、Honda一筋、仕事一筋35年のエンジニアだった。入社してから10年ほどは、2代目シビックやCR-X、プレリュードといった車種のインテリアの設計に携わり、その後は商品企画などの業務に従事。スポーツカーとはまた異なるHondaらしいクリエイティビティの象徴でもあるSTEPWGNやCR-Vといった一連の企画をまとめ、S-MX、2代目オデッセイ、4代目ライフではLPLも務めている。

その後は、「『そろそろ別の仕事がしたい』って当時の社長に直談判をして」研究所を中国に設立するプロジェクトに携わり、ヨーロッパの研究開発拠点である「HRE(Honda R&D Europe)」では社長も経験した。帰国後はモビリティ社会全体を取り巻く環境について調査する「THINK研究所」を設立して、Hondaの研究開発をサポート。2011年に定年退職するまで、とにかく全力でHondaに携わり続けてきた。

野口さんが携わった車種のひとつ、S-MX。

「ネジがすっ飛んで」バイクの世界へ

「そんなわけなので、定年退職をして何かネジがすっ飛んじゃったんでしょうかね?」
野口さんはひょうひょうと話す。
「『30年以上頑張って来たし、ご褒美にバイクを買っていいよ』ということになって、某イタリアメーカーの1,100ccを購入したんです」
野口さんが助言を求めた二輪R&Dセンター(現・ものづくりセンター)のエンジニア曰く「ジャーナリストからも乗りやすいと評判だった」というネイキッドのスポーツモデル。「若い頃はそれなりに乗れていたし、きっと乗りこなせると思った」という野口さんだが、リターンライダーとして新しい愛車に乗ってみて驚愕の事実に直面する。

現在の愛車は野口さんが独自にカスタマイズしたCRF250 Rallyのモタード仕様。
「狭いサーキットで走ると、ものすごいバンク角ですよ」と話す野口さんの、攻めの姿勢は変わっていない。

「全然走れないし、曲がらないし、なんと自分はヘタクソなのか、って……」。
自らを見つめ直した野口さんはまたも思い切った行動に出る。
「Hondaモーターサイクリストスクール(HMS)」という、バイクの講習会があるのですが、これに150日くらい通いまして」

「HMS」では、インストラクターとともに「バイクをコントロールする」という行為に丸一日没頭する。バイクの面白さと奥深さをとことん味わえる反面、慣れないうちは、翌日の筋肉痛に悩まされること必至。バイクが「スポーツ」であることを痛感するプログラムである。
「初級から始めて、最後は上級まで。そりゃもう最初はパタンパタンと面白いように転びましたね……。あらゆるテクニックの基礎になるのは体力であることも痛感したので、筋トレをやって体幹を鍛えました」

思わぬ副産物として、長年悩まされてきた腰痛も嘘のように治ってしまったという野口さん。
「おかげで上達もしてきたので、満を持してCBR1000RRに乗り換え、サーキットを走っていたんですが、さすがにこのパワーはオーバー60歳には扱いきれないなと思って」
そんな時、野口さんが注目したのがN-ONEだ。

N-ONEでレースをする?どういうこと…?

「N-ONEオーナーズカップ」。ナンバー付きのN-ONEに最低限のモディファイを施して行う、参加型のレースがあるらしい──そして、野口さんの自宅にも、奥さんが買い物に使うN-ONEがある。

「これでレースをするというのはどういうことなのだろう?」
エンジニアとしての好奇心が頭をもたげてきた。付き合いのあるHonda Carsからの紹介で出向いたHonda Cars 東京中央のお店で出会ったのが、同店のメカニックにしてN-ONEオーナーズカップ参戦者である西郷倫規さんである。

野口さんをN-ONEの世界に導いた西郷倫規さん。2019年最終戦で年間チャンピオンに輝いた。

エキゾーストの変更は可能なものの、エンジンはもちろんノーマル。交換できるのはショックアブソーバーとスプリング、タイヤ、ブレーキパッド程度で、セッティングの余地はほとんど残されていない。そんな中でも、ドライバーごとの差が生まれ、速さを競っている。 面白い──。興味津々といった様子で説明を聞く野口さんを、自らも「N-ONEワールド」にどっぷりと浸かっている西郷さんたちが見逃そうはずもない。

「『クルマだけ作っても仕方ないですよね?』『もちろんこれでレースに出るんですよね?』『申し込みはここのホームページからですよ』って畳みかけられて、気がついたらレースに出ることになっていて(笑)」 買い物用のN-ONEが、あれよあれよという間にレーシングカーに。レーシングドライバー、野口牧人さん誕生の瞬間である。

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