テッド・クラウス/水上聡対談2代目NSXが生まれるまで、そしてこれからの進化

2012年 2代目NSXの開発がスタート

アメリカの自動車会社にいたテッド・クラウスを魅了し、ダイナミック性能のエンジニアとしての水上聡を育んだ初代NSXの生産は2006年に終了。しばらくの時を経て、アメリカで2代目NSXの開発責任者として任命されたテッド・クラウスが最初にしたことは、初代の開発責任者だった上原繁氏を訪ねることだった。

1990年にデビューした初代NSX。開発責任者は上原繁氏が務めた。

クラウス「上原さんと初めて会ったのは2012年の3月のことでした。いっしょに宇都宮の居酒屋でお刺身や焼き魚をつまみながら、NSXのことをいろいろと伺いました。アメリカ人の私がHondaのスポーツのDNAを継承するには、上原さんに学び、もっとNSXのことを深く知らなくてはいけないと思ったのです」

クラウスが上原氏から学んだのは、「人間中心のスーパースポーツ」というスピリットだという。たとえば、人間がクルマを相手にするとき、手に汗をかく、つまり緊張を強いることが本当にいいことか、と考える。人によってはそれこそがスポーツである、と考えるかもしれないが、Hondaはそれをよしとはしない。

初代NSXのコクピット。「ワイドな視界」「人間を包み込む柔らかさ」「換気に優れた快適性」などから、「モーターサイクルのフルフェイスヘルメット」をイメージしてデザインされた。

クラウス「人間と機械であるクルマの関係をクールに保つことができれば、操る楽しさを味わおうとする人間の気持ちをホットにできます。ベースの状態がホットなクルマは、操る気持ちをホットにできる余裕が少なくなる。そういうことです」

水上「テッドがつくった2代目NSXに乗ってみてまず感じたのは『視界』だった。スーパースポーツでこの視界を持っているのはNSXだけだと思ったし、これは初代のヘリテージを最もよく感じたところ。ものすごく嬉しかった」

2代目NSXのコクピット。高さを抑えたダッシュボードや小断面のフロントピラー、ドアミラーのオフセットなどにより優れた視界を確保した。

クラウス「上原さんは、初代NSXを開発したときに『人間をきちんと座らせ、人車一体になれるポジションを与えること』を最初に考えたと言っていました。だから、人間のドライビングポジションと路面に対して視界をどのようにするかということは、2代目NSXの開発において、最初に決めたことでしたね」

2016年 2代目NSXの誕生

およそ5年にわたり、テッド・クラウス率いるアメリカのスタッフと日本のスタッフが切磋琢磨しながら開発してきた2代目NSXは、2016年にデビューの日を迎えることとなる。

初代NSXと2代目NSXは、エンジンのパワーも車重も異なるし、SPORT HYBRID SH-AWD、スペースフレーム、9速DCTといった、初代NSXとは全く異なるテクノロジーが満載されている。初代NSXとコンセプトを共有して開発されたという意図はきちんと乗り手に感じてもらえるのか。クラウスはそれを確かめるため、NSXをデビュー時から知っている日本のジャーナリストらに試乗を依頼したという。

クラウス「クルマができて、最初に日本のジャーナリストを呼んでテストコースで乗ってもらいました。彼らは初代NSXのデビュー時からこのクルマのことを追い続けてくれていましたから。彼らの多くがクルマから降りるなり私をハグしてくれました。はじめは電気的なシステムの制御や車重のことを心配していましたが、走ってみるとレスポンスがよくて自然だと。そのコメントをもらえたときはすごく嬉しかった」

水上「意のままと感じられるドライブフィールと、リニアなレスポンスのためには、初代では『軽さ』が必要だった。2代目では『電気モーター』を使っている。目的は同じだけれど、手段が違う。そういうことなんだよね。テクノロジーがクローズアップされがちだけれど、それは手段であって目的ではない」

クラウス「初代NSXの価値は、オールアルミボディーやDOHC VTEC、チタンコンロッドといった技術にあるわけではないのと同じです。初代も、2代目も、NSXが目指したのはひとことで言えば『タイムレスな価値』ということです。世界初のスポーツカーも持っていたであろう、いつの時代でも大切な価値。その上にHondaらしい人間中心の『スポーツ』の考え方があるんだと思います」

2018年 2代目NSXのさらなる深化

2018年10月、2代目NSXは独創のコンセプトをさらに深め、2019年モデルとしてデビューを果たす。目指したのは、2代目NSXが持って生まれたポテンシャルをさらに引き上げ、「操る喜び」を徹底的に追究するということだ。

2018年10月にデビューした2代目NSXの改良モデル。ダイナミクス性能を熟成し、日常からサーキットでのスポーツ走行まで、「操る喜び」をさらに追究している。

水上「2019年モデルのNSXの開発責任者をやってくれ、と言われたときは最高にうれしかった。光栄なことだし、NSXに対する想い、これまでHondaで培ってきたことのすべてを込めて開発していきたいと思いましたね」

クラウス「僕も、水上さんがNSXを発展させる開発を引き継ぐのがいいと思っていました。どうしてそこまで信頼しているかというと、やっぱりHondaに入ってすぐのころから一緒に研究をして、水上さんの仕事をよく知っているから。Hondaのダイナミクス性能のマイスターでもあるし、NSXの走りをさらに磨き上げていくのは、水上さんしかいないと思っていた」

水上「ありがとう。国がどこかとかは関係なく、心の奥で深くつながった仲間の開発したクルマを進化させる役目を担うのはすごくうれしいことです。人間中心のスーパースポーツというNSXのヘリテージを受け継いで、さらに高めていく。これからもこの歩みを続けてきたいですね」

クラウス「30年前にHondaの夢を載せて初代NSXが生まれました。進化を続けながら世界中で多くの人に愛され、その人たちと一緒にNSXという特別な世界観を完成させました。そして、僕が2代目の開発を担当して、水上さんが大きく進化させてくれた。きっとこのNSXも、たくさんの人の笑顔を生み出していくと思います。初代NSXの残した30年の歩みを、これからまた30年続けていきたい。強くそう思っています」

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