鈴鹿最速、熱きスピリット若きエンジニアたちが成し遂げた革新《後編》

──そもそも、量産車をレーシングシミュレーターで開発すること自体が難しかったのでは。

柿沼

ちょっと参加します(笑)。今回の開発は、本当にチャレンジングだったと思います。それは、レーシングカー開発のためにできあがっているHRD Sakuraのシミュレーターを使って、量産車の開発モデルを一からつくったわけですから。レーシングカー専用の技術リソースのなかで量産車モデルをつくっていくと、どういうアンマッチが起こり、どういうことがレーシングカーのように予測できないのかというところを、本当にひとつずつ後藤くんと小林くん2人が潰していってくれました。レーシングカーは全体性能における空力の寄与度が非常に大きいのに対して、量産車はそこまでではない。そのなかで、よりコンベンショナルな領域の技術をシミュレーターモデルへフィードバックしていくこととか、そのあたりのモデル構築をしていかないと、なかなか量産車を開発する上での精度が上がっていかないという課題があったと思います。それを、根気強く解決していってくれたわけです。
その結果、伊沢さんがさっき言ったように、シミュレーターでも実走でも寸分違わぬフィーリングとか、タイムが再現できるところに辿り着けたわけです。この二人を指名してHRD Sakuraに送り込んだ僕としては、期待をはるかに超えたアウトプットを出してくれたことが何より嬉しかったですね。

──システムの土台づくりは難しかったですか?

小林

たしかに難しかったですね。今までサスペンションやステアリングのパラメーターは扱っていましたが、エンジンやミッションの特性などはあまり取り扱ったことがなかったので、シミュレーション内でクルマ1台を作る作業でした。量産車とレースカーの仕様検討で最も違うと感じたのは、車高の管理です。停車状態の車高の管理は量産車でも行っていますが、走行時の車高の管理という観点が一番文化として違うと感じました。そういう視点も大切だということをHRD Sakuraと一緒に仕事をさせてもらい、学びました。

──走行時の車高の管理はミリ単位?

小林

ミリ単位です。1ミリ単位。私はちょっと経験値がないのですが、伊沢さんたちは1ミリ2ミリの違いで性能変化を捉え、仕様の良し悪しを判断されると聞いています。

伊沢

レーシングカーは、わずか1ミリの車高の違いで体感は大きく変わります。タイヤの内圧が走行中に変わるとそれだけで車高って1ミリ単位で変わったりして、数字としては細かいですけど、体感としては結構大きいですね。
HRD Sakuraでは、そのように、かなり高い技術レベルでレーシングカーをつくっていますし、今回のように、HRD Sakuraの力を借りながらつくったクルマを通じて、もっと世の中にHondaトータルの力としてアピールしていければいいのかなと感じました。

柿沼

何年か前、ちょうど2017年モデルのTYPE Rを開発している最中に、量産開発者の立場からレーシングカー開発の現場と技術を探索させてもらう機会をもらって、私ひとりHRD Sakuraに数週間お世話になったことがあったんです。それ以降、ずっと僕の頭のなかではTYPE Rの開発とSakuraにある人・技術をうまくつなぎ合わせたいという思いがありました。今回そのラブコールにHRD Sakuraのスタッフが応えてくれて、その結果、素晴らしい成果に繋げてくれました。まさにシナジー効果ですね。
HondaのF1エンジンの開発でも、Honda Jetエンジンのタービン技術を活かして復活勝利につながったという話は有名ですよね。
これからもオール Hondaの英知を結集した開発と、それによって生まれた強い商品を、どんどんアピールしていきたいですね。

後藤

僕の自動車開発のスタートは、実は学生フォーミュラで、その経験を持って今の仕事を行っています。フォーミュラに比べると量産車は、ボディ剛性とかコンプライアンスの影響がすごく大きいので、そこをどう取り込むかというのは正直一番の壁だなって思っていました。また、レーシングカーは空力が重要で、量産車は空力の影響が絶対値としては少ないのは確かです。ただ、ロールやピッチはレーシングカーに比べると量産車の方が圧倒的に大きいので、空力の変化量としてはレーシングカーよりはるかに大きいんです。なので、姿勢変化まで含めてどうやって空力をつくっていくかっていうのが量産車では大事で、そういったところのノウハウは、今回のシミュレーターでだいぶ試させてもらいました。

──姿勢変化したときの空力も計算されましたか?

小林

傾向としては見ていました。実車だと、何かを変えても計測が難しいのでフィーリングに頼るしかありませんが、シミュレーターは、リアルタイムで物理特性をアウトプットしてくれるので、何を変えたらどうなったという結果がどんどん蓄積されれば、理想の空力バランスが導けると思います。引き続き開発していきたいですね。

──大きなノウハウですね。

後藤

そうですね。特にニュルブルクリンクなどは、路面のアンジュレーションでどうやったってクルマが動くので、その動いている中でも空力をちゃんと機能させてクルマを安定させるにはどうしたらいいかとか、そういった考え方につながると思います。

──答えが出なそうなくらい難しそうですね。

後藤

それこそ、答えは考え方ひとつだと思っています。正解はないと思うので。運転と同じでクルマのつくり方に正解はないからこそ、そこに面白さがあるかと思います。

小林

まさにそうですね。答えは、つくり手側が見出していくものですね。今回をそういう点でとてもいいチャレンジになったと思います。

後藤

2017年モデルをつくった時も、やれることはやったと思っていたんですが、時代というか時が経ってマイナーチェンジになってやっぱりまだやれることがありました。やはりTYPE Rの進化は止まらないし、我々開発陣もマイナーチェンジで変更できるところが少ないなかで、本当に毎日毎日悩んで苦しんで開発を行い、ちょっとでも見えた光、わずかに見えた光を地道に繋いでいってつくった新しい性能です。だから自信を持ってお客様に届けたいと思いますし、世界のどこでも通用する性能だと思っています。唯一無二、新しいTYPE Rの世界感をひとりでも多くのお客様に楽しんでもらいたいですね。

──オール Hondaの技術力を活かして飛躍的に進化した、新しいシビック TYPE Rの走りに、ぜひみなさんご期待いただきたいと思います。貴重なお話、ありがとうございました。

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