若きエンジニアたちが成し遂げた革新《前編》

鈴鹿最速、熱きスピリット若きエンジニアたちが成し遂げた革新《前編》
2020.10.08

「留まることは後退を意味する」そう言って憚らない情熱たっぷりのシビック TYPE R開発チームの若きエンジニアと、鈴鹿サーキットでのタイムアタックでドライバーを務めた伊沢選手にインタビュー。最速ラップ達成への道のりで取り組んだ、シミュレーターによる革新的な開発を含めた背景について振り返ってもらった。3人の語りは、始めから熱かった。

答える人

本田技研工業株式会社
四輪事業本部 ものづくりセンター
車両運動性能開発課
後藤 有也

本田技研工業株式会社
四輪事業本部 ものづくりセンター
シャシー性能企画課
小林 佳亮

鈴鹿サーキット タイムアタックドライバーも務めた
Hondaレーシングドライバー
伊沢 拓也

──まずは、みなさんのご担当を教えてください。

後藤

今回の開発では、実車性能のとりまとめを行いました。

小林

私はシミュレーション専門でして、今回の開発では、四輪の量産開発を行っている研究部門からレース部門のあるHRD Sakuraに行ってドライビングシミュレーターを担当しました。

伊沢

僕は、タイムアタックのドライバーを務めましたが、これは今回の開発における役割の一側面で、シビック TYPE Rの運動性能の確認と開発チームへのフィードバックを担当しました。

──今回の開発での鈴鹿タイムアタックの位置づけは。

後藤

2017年にFK8をデビューさせた瞬間から、さらなる進化をめざして開発に着手しました。TYPE Rである以上、操る喜びを高め続けることが使命だと思っているからです。こういうスポーツカーにとって、停滞は後退ですから。進化の方向性としては、クルマの無駄な動きを徹底的に排除し、ドライバーの操作に対してより素直で忠実に動き、路面からの入力に対しては挙動が乱されないようにする。そうした基本的な運動性能を突き詰めていったのが今回の開発です。

伊沢

僕は、昨年後藤さんにはじめてお会いして、このクルマがめざすべき走りに対して、考えが一致したのを覚えています。鈴鹿は、その走りを磨いていく過程のひとつの評価ステージでしたね。

後藤

サーキット走行ですと、限界域のコーナリング性能とか、加速性能や最高速などがフォーカスされがちですが、それよりも限界に達するまでの挙動が何より大事なんです。ドライバーがクルマを信頼して、これならこのスピードで入っていけるとか、ここからアクセルを踏んでいけるとか自信を持って運転できることが何より大事です。そうしたフィーリングを創り上げていくひとつの場として鈴鹿を使いました。鈴鹿でのタイムアタックは、実車性能を確認する指標のひとつでしかないと思っています。

小林

サーキットのように、決められたコースで目標とするラップタイムがあると、クルマを走らせる前にシミュレーション上でさまざまな課題を洗い出して、どういうアイテムやセットアップだったら効果がありそうなのか、その効果と影響を含めて評価できるので、開発にとってきわめて効果的なんです。

伊沢

シミュレーターについては、僕もレースカーの開発で携わっているのでわかるのですが、僕にとってシミュレーターは実車そのものです。そう表現しても差し支えないくらい、極めて高度なマシンです。シミュレーターについては、後で語ることにして、まずどういう運動性能を求めたかを後藤さんに話してもらいましょう。

後藤

現場でも伊沢さんとやり取りをして、意見が食い違うことがありませんでした。市販車であろうとレースカーであろうと、クルマである以上はやるべきことは変わらないと僕は思っています。
先ほど、限界域に達するまでの過渡の領域がすごく重要で特に注視している、と言いました。実際にクルマを走らせていると、タイヤは実にあちこち方向を変えているんです。もちろん、ステアリングを切ればフロントタイヤの向きは変わりますが、それ以外に、サスペンションがストロークすれば向きが変わるし、横力や前後力が入ればその力に応じてタイヤの向きは変わります。今回、そのような過渡的なタイヤの向きの変化にまで細かく踏み入ってセッティングを行いました。
速さを求めていく上で何より大事なのは、トラクションをかけてとにかくクルマを前に進めることですよね。そういう風に考えた時に、じゃあそのシチュエーションでのタイヤの動き方、いまどっちを向いていて、どれだけタイヤを使えているのかっていうことを客観的に見ながら、よりクルマを前に進めていけるように走りを煮詰めていきました。

伊沢

鈴鹿のタイムアタックについての僕のレポート「なぜシビック TYPE Rは速い?」を見ていただければ、いま後藤さんが言った通りのコメントをしています。あらためて後藤さんの話を聞いて、まさに後藤さんたち開発チームの思いがクルマに注ぎ込まれて、その通りの運動性能が走りに現れて最速タイムにつながったと実感しました。

小林

シミュレーターでも実現していました(笑)。

伊沢

そうでした(笑)。ところで、速く走るために何が必要かと考えたとき、僕は尖ったところじゃなくて、ある程度ドライバーがクルマの挙動を感じやすくて安心して走れることが大切だと思っています。今回の開発で最速タイムを達成しましたが、それよりも大きな成果は、運転していて安心してクルマの挙動をつかめる、つかみやすくなったことだと思っています。それが一番の収穫です。多分、いまこのページを見ているみなさんがマイナーモデルチェンジ前後の車を走らせたら、僕の場合よりもっとラップタイムは大きく変わると思えるくらい乗りやすさを感じました。

後藤

まさに開発の時にねらっていたことを感じてくださっているので、これほどの喜びはないです。僕は、クルマの開発で大前提となるのは安心・安全だと思っていて、その上にそのFUNな部分、楽しむっていうところがあると思っています。まさに今回そこを高めました。

伊沢

それは100%正しいです。

小林

その通りですね。

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