鈴鹿最速、熱きスピリット若きエンジニアたちが成し遂げた革新《前編》

──具体的に、どのような進化をねらったのですか?

後藤

FF車でサーキットを走るとき、フロントタイヤのグリップ限界がそのクルマの旋回限界というのは間違いないんですけど、そこに至るまでの安心感だったり、過渡的な特性は、実はリアタイヤの仕事なんです。
クルマに何でタイヤが4つ付いているかを考えていくと、そういうことがなんとなく見えてくるんですけど、クルマって旋回しているときは、自転と公転を同時に行っているんです。フロントタイヤは主に、クルマを自転させる働きをします。それだけだと、クルマはその場でくるくる回るだけなんですよ。で、綺麗に旋回できるのは、公転を伴って運動しているからです。その公転に必要なのはリアタイヤの力です。ですので、基本的にはFFだろうがFRだろうがリアタイヤにどれだけ仕事させるかがクルマの安心感をつくるっていうことなんですよね。今回のマイナーモデルチェンジでいうと、リアサスペンションのブッシュに変更を入れています。それによってサスの特性としては、タイヤに横方向の力が入った時に、コンプライアンスステアと言って、トー方向への動き方が変わります。その動き方を緻密にチューニングしたことが安心感につながっています。

伊沢

なるほど。

後藤

一般的に横力を入れると、リアタイヤはトーイン方向に向くんですけど、インに向きやすくしちゃうとその分横方向の剛性を落とすことになるので、タイヤの力が逃げちゃうんです。いわゆる接地点横剛性というやつです。ですので、横剛性と横力によるステアのバランスを取るのが一番の大事なポイントです。TYPE Rでいうと、2017年モデルからリアサスペンションがE型マルチリンクというタイプになっているので、たくさんブッシュがついていて、ブッシュの組み合わせで、ものすごくいろいろな特性をつくれるんです。そういったところを使って、今回は狙いの特性をつくっていったわけです。

伊沢

特にFFのクルマはフロントタイヤがそのクルマの限界と言われていて、そうするとリアタイヤのグリップを落としたりすることによって曲がっているような感覚になったりするんです。実際に曲がるんですけど、それだとリアタイヤの滑る量が多過ぎて、リアタイヤのグリップをしっかりと探らないと怖い思いをしてしまいます。
それが、今回マイナーモデルチェンジしたシビック TYPE Rは、リアのグリップがしっかり安定しているので、自信をもってステアリングを切ってコーナリングできるんです。ステアリングを切るんですけど、入り口からFFを感じさせないくらいしっかりグリップしてくれて、トラクションもかかり続けてくれます。そこが今回のラップタイムと操る喜びの向上につながっていると思います。
だから、鈴鹿タイムアタックの動画を見てもらえれば、ほぼ修正舵を当ててないのがわかると思います。動画を見て、FFなのかFRなのかわからないぐらいステアリングを切る量が少ないですし、しっかりとトラクションもかかっているのがわかると思います。そういう意味で、誰が乗ってもサーキットなり街なかを安心して走れるクルマに仕上がっていると思います。

──小林さんもタイムアタック当日は鈴鹿に?

小林

性能設計者は机上検討が専門ですが、現場でクルマに乗って開発も行います。アタック当日は現場でいろいろと準備をしながら、並行して別のテストをやっていました。それで、伊沢さんがタイムを出したという無線をコース上のテスト車の助手席で聞いたんです。すごく嬉しくて喜びたいんですけど、まさにテスト中でしたので、我慢して、テストを推進しました。ピットに戻ると、みんなが「ワーッ!」と盛り上がっていたのが印象に残っています。私にとって、その場に居れたのはすごく価値がありました。苦労を重ねてつくったクルマが目の前で目標を達成したのを見ると、本当に感激しますからね。性能を机上で計算するだけでなく、性能設計するメンバーも現場に行ってしっかりとクルマをつくることはやはり大事ですよね。そういうところもHondaの文化、TYPE Rの文化として、すごいなと感じる場面でした。やはり、設計も熱い思いがあってこそアイデアが生まれるわけですから。

伊沢

現場は大事です。

後藤

思いも大事です。僕は、24時間365日エンジニアだと思っています。ですから、クルマ乗っていない時、家にいる時だってちょっとでもクルマをよくする術は何かないかとずっと考えているんですよね。そのなかでちょっとした思いつきとかを現場で相談して形にしていくことが結構あります。特にサスペンションは、今でこそ電子制御デバイスとかって色々あるんですけど、そういう飛び道具を使って得られる性能も重要ですが、細かいことの積み上げでつくる性能の方が何より大事だと思っています。そこは何年経っても何十年経っても変わらないと思っています。

──今回、アダプティブダンパーシステムも、より緻密になったんですよね。

後藤

そうですね。アダプティブダンパーシステムっていう4輪のダンパーの減衰力を制御できるシステムがTYPE Rに搭載されているんですけど、そのダンパーを動かすためにどういうセンサーを使って、どういう風に制御するかというのは、Hondaがオリジナルで制御ロジックをつくって決めているんですね。現行モデルでは、先ほど話した自転と公転の動き、クルマが向きを変える際に、ロール方向の荷重移動が遅れなく付いてくることに注力していました。それを今回、ロールに加えて、すごく微少ですけど、ピッチの動きもコントロールしています。
ステアリングを切って、タイヤが向きを変えると要は抵抗が生まれるので、それによってクルマがピッチします。その速度までコントロールすると、4輪の荷重移動までコントロールできるようになります。そこを適切にコントロールしてやったからこそ、ターンインでのスムーズな動きにつながったり、ドライバーの思い通りの動きになるんです。これを実現するには本当に苦労しましたね。

伊沢

後藤さんはいま、説明しているので難しいことをさらりと言うしかないのですが、僕としては今回の開発でやったことってすごく大きなことで、クルマの運動性能でめざすべき方向を、ひとつ見出すことができたと思っています。これはTYPE Rだけに留めずに、Hondaの他の車種にも活かせると思います。シビック TYPE Rで見出した成果を、ここでみんながやったことを、他にも活かしていけば今回の開発の価値がより高まると思います。

──では、シミュレーターの話に移りますか、小林さん。

小林

今回の開発のなかでシミュレーターが果たした役割は大きいものでした。これもHondaならではの開発だと思うので、可能な範囲でお伝えできればと思います。

後藤

いや、本当にシミュレーターを用いることができてよかったと思っています。今回の飛躍的な進化は、シミュレーターなしでは考えられませんでした。

小林

今回の開発では、伊沢さんに1日に何回もテストしていただき、助かりました。

伊沢

お役に立ててよかったです。

──そのあたりは後編でご紹介させてください。まずは、ありがとうございました。

後編に続く

※HRD Sakuraは、栃木県さくら市に所在しているHondaの四輪モータースポーツの技術開発を行う研究所。

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