vol.1vol.2vol.3

Vol.2 -Power- 「高回転・高出力」は消えゆく運命なのか

Vol.2 -Power- 「高回転・高出力」は消えゆく運命なのか

2015年6月、中央ヨーロッパ・スロバキア共和国首都、ブラチスラバ近郊のスロバキアリンク。
技術陣からのプレゼンテーションを受け、ピットレーンにずらりと並んだCIVIC TYPE Rを
目の前にしてなお、欧州各地から集まったジャーナリストたちの中には
「理解はできても納得はできない」といった風の表情を浮かべた者が少なくなかった。
「ターボエンジンがパワフルなのは、プレゼンテーションを通じてよくわかった。
でも、人々がHondaの『TYPE R』に期待しているのは、そういうものの他にあるのではないかな……」
エンジンの開発チームたちは、そのジャーナリストの言わんとするところをすぐに理解した。
「ご心配はごもっともです。でも、まずは走ってみてください。お戻りになったらまたお話をしましょう」
ピットロードを走り去っていくCIVIC TYPE Rの後ろ姿を見守りながら、エンジン開発陣は目配せを交わした。
帰ってきたときには、自分たちのしてきたことを必ず理解してくれる。そう確信を持っていた。

高回転高出力・
自然吸気だけの「味」

回転が上昇するに従って、リニアにわき上がってくるパワー。VTECがハイカム領域に切り替わると、息つくどころかさらに力強さを増していく。マニュアルトランスミッションを駆使してレッドゾーン付近にタコメーターの針を留め、車内に響き渡る官能的なサウンドと濃密なパワー感に陶酔する──。NSX-R、INTEGRA TYPE R、そしてCIVIC TYPE R。歴代「TYPE R」が搭載してきた、高回転・高出力自然吸気エンジンには、理屈を越えて人間の本能を刺激する喜びがあふれていた。
──しかし、こうした「人々がTYPE Rに期待すること」も、「自動車の環境性能は時代を追うごとに進化していくべき」という誰の目にも明らかな事実からは逃れられなかった。
なぜなら、厳しい環境基準に適合しながらパフォーマンスを追求した高回転・高出力の自然吸気エンジンは、日常多用することになる低回転・低負荷領域での燃焼効率が低下し、出力特性が不十分なものとなる。
「TYPE R」を世に送り出すためには、これまでとは違う方法を採る必要があるのは明白であった。

「ターボ」なくして
TYPE Rの復活は無い

数年の空白を経てCIVIC TYPE Rを復活させるにあたり、掲げた目標は「FF量産車最速」。過激なまでのスローガンを持ち出した理由はただひとつ、旧モデルからの正常進化ということにとどまらず、2世代、3世代分の時代進化が無くては、「TYPE R」が復活する意味は無いからだ。
エンジン開発チームに課せられた使命は、従来の「TYPE R」を大幅に上回る出力の実現。新開発の2.0Lターボエンジンの採用による280馬力──これはFF車として異例の高出力であると同時に、NSX-Rと同等──が目標として設定された。
ライバルとして設定した欧州のホットハッチが265馬力なのだから、それでも十分に今の「最速」を達成できる見込みはあったが、開発責任者の八木 久征が発破を掛ける。
──我々の開発目標は、未来に向けてのものだ。それで本当に胸を張って『FF量産車最速』と言えるか?たったの15馬力なんて、いつ覆されるかもわからない『僅差』じゃないか──。

「冗談を言うな、これ以上の出力を出すのならばエンジンの骨格からやり直しだ」
開発チームの中からは、当然のごとくそういった声も出てきたが、結局、ベースとなるエンジンを開発途中で変更するという思い切った決断を行い、目標の最高出力は310馬力へ。
日常領域での低エミッション性能を十分に確保しながらも、必要とあらば目一杯空気を押し込むことで大パワーを実現できるターボは、時代性を備えた上で最速を目指すことが求められた「TYPE R」の復活において、これ以上ないほどの重要な役割を果たすことになった……。

……ここでハッピーエンドにならないのは、「一般的なターボエンジン」には、これまで「TYPE R」のエンジンに魅せられてきた者にとって受け入れがたい特性があるからだ。

「時代ですから」が
通用するならエンジニア
なんていらない

高出力のターボエンジンは、過給が行われない低回転域におけるレスポンスの悪化という弊害を生む。そして、過給ではなくエンジン回転によって出力を稼ぐ自然吸気エンジンとは異なり「高回転まで回す」ことは必然性を持たなくなる。
「ニュルブルクリンクで8分を切った、ということだけでTYPE Rのファンは納得をするのか」
「『昔はよかった』なんて言われて『これも時代ですから』と返すのか?それならエンジニアなんていなくていい」
アクセル操作にリニアな反応、高回転高出力のエンジン特性がもたらす恍惚。
いかに優れた環境性能を有し、パフォーマンスと両立させていたとしても、TYPE Rでしか体験することのできないこれらの「味」を自ら過去のものにしてしまうようなことをするのは、自らの存在を否定することに等しい。
なぜなら、これまでにエンジンによって多くのスポーツドライビングファンを虜にしてきたと自負しているからだ。
「TYPE Rファンをがっかりさせるようなターボエンジンはつくらない。俺たちがつくるべきは、『ターボつきのVTEC』だ」。

ポイントは高回転域において吸気側の広開角カムを用いることで、多く空気を採り入れるという自然吸気のそれとは用途を変え、可変バルブタイミング・リフト機構は排気側のポートにのみ装着したという点にある。
低回転域では狭開角カムによって排気干渉を低減してタービン効率を向上させ、吸気の充填効率を向上。「VTC」や電子制御スロットル、電動ウェイストゲートバルブとの協調も徹底的に突き詰めて、低回転域からのレスポンスを大きく向上させた。

「『突き抜けるように回る』感覚は、Hondaのオリジナリティーだ。もう一息の気持ちよさを出せないか」
最高出力を発生させる6,500rpmからさらにプラス500回転先までストレスなく回る特性を持たせるために求められるのは、エンジン内部の回転・往復運動部品の慣性重量低減だ。内部に環状の冷却油路を備えながらも軽量に仕上げたアルミ製ピストンや、軽量・高強度な鍛造コンロッド、カウンターウエイトをスリム化したクランクシャフトなども採用し、サーキットにおけるラップタイムを削り取るだけならば意味を持たないような領域に至るまで、「TYPE Rの味」を再現する試みが続けられた。

「私の懸念は杞憂に終わったよ」
クルマから降りてきたジャーナリストの笑顔を見た瞬間、開発陣は「勝利」を確信した。
「プレゼンテーションのとおりすごいパワーだ。それでいて低回転域からアクセル操作に対してパワー特性がリニアだからコントロールしやすい。その上、6,500rpm以上もただ回っているだけではなく、そこからさらにひと伸びする。これは紛れもなく『TYPE R』のエンジンだ」
「おわかりいただけましたか。これはHondaからの新しい提案なんです」

世の中にターボエンジンは数あれど、こんなに「回す楽しさ」のあるターボエンジンは他にないはずだ。「高回転・高出力」にドライビングプレジャーを感じるドライバーがいる限り、それは過去のものになどなりはしないのだ。

※ 開発車のテスト走行による。 Honda調べ(2015年10月)

 

vol.1vol.2vol.3

 

CIVIC TYPE R トップへ

page top

page top