MONTHLY THE SAFETY JAPAN●2004年12月号
矢代隆義 警察庁交通局長
土橋哲 本田技研工業株式会社専務取締役
安全運転普及本部本部長
 日本が道路交通において世界一安全な国をめざすため、いまどのような課題があり、それをどのように解決していったらいいのでしょうか。交通行政のトップにある矢代隆義氏とHondaの交通安全活動の陣頭に立つ土橋哲氏のお二人に、今ある問題を提起し、明日の交通安全のあり方を考えていただきました。



 矢代隆義・警察庁交通局長
 昭和54、55年ごろに日本の交通事故が大きく減ったのは、昭和45、46年からの交通安全教育から交通指導と取締り、安全施設の整備までの総合対策があったわけですが、交通安全教育の問題の1つは、その効果が計りにくいことです。しかし、15歳以下の子どもの歩行中の死者数は、昭和45年で1422人ですが、昨年は96人でした。子どもの数は半減しましたが、その半減をはるかに超える減少です。これは幼稚園のときから「赤は止まれ、青は渡れ」「飛び出すな、クルマは急に止まれない」と教えてきた積み重ねが大きいと思います。
また、少子化といいながらも100万人を越える子どもたちが生まれて、交通社会に入るわけですから、この子どもたちがうまく交通社会に入っていけるように、幼児から始まって小中高と段階を追って教育をしていくことは必ず行われないといけない。これによって日本全体に交通安全教育のストックができると思います。大阪大学の長山泰久先生の研究によると、運転免許を持っているお年寄りは、持っていないお年寄りに比べて、1時間歩いたときに歩行者事故にあう確率が5分の1から8分の1だそうです。これはやはり経験もさることながら昭和30年代から営々として積み上げてきた安全教育のストックがあるからだと思います。
 また、世界一安全な国にするという小泉首相の提示した目標を達する上で、まず課題になるのが増えていく高齢者の対策です。昨年、政府の交通対策本部で高齢者対策を見直し、歩行者、自転車利用者としての高齢者だけではなく、ドライバーとしての高齢者を含む両方で見ていくことを打ち出しました。もう1つは、歩行者空間、具体的には歩道が非常に注目されています。歩きにくいとか、自転車と混在しているとか、歩行者扱いの電動の車イスも走る歩行空間に目配りした対策が課題になっていくと思います。3つめが夜間事故です。交通事故全体ですと約7割が昼間で、3割が夜間に起きています。しかし、死亡事故になると、昼夜がほぼ同じ割合になっています。そこで夜間の道路環境をどれだけよくしていくかということをやっていく必要があります。
 交通事故は原因不明の病気ではなく、原因もはっきりしていますし、どうしたら防げるかもはっきりわかっている。したがって防げるということです。こうした認識のうえで、交通安全対策を進めている関係者の方々が、交通事故防止の目標をしっかりと堅持し続け対策を継続していくことがいちばん大事だと思っています。キーワードは、「目標の堅持と対策の継続」です。もう1つは「自分を律し、相手を思いやる」でしょうか。これをどのように育てていくかに、安全教育の問題があると思います。



 土橋哲・本田技研工業(株)専務取締役 安全運転普及本部本部長
 私達の行っている安全運転普及活動の基本的方針は3つあります。1つは、白バイ隊や郵政、企業などの運転者教育のお手伝いをさせていただいた中で集積してきたノウハウを、さらに発展強化していく活動です。2つめは、(1)クルマに対する理解、知識を身につけていただく、(2)運転技術を正しい方向で磨いてもらう、(3)クルマの取扱い方法を正しく理解してもらうという3点を普及させていくことです。3つめは、交通安全の問題を個人、企業、行政などいろいろな人たちが真剣に取り組んで成果をあげていけるような環境づくりをすることです。それ以来、34年になりますが、一貫して安全運転の普及に努力をしてきたと思っています。
 それらを踏まえて大事にしてきたことは、1つは人づくり・場づくりということです。2つめは、教育は地域密着型で取り組む。3つめは教育内容と教育方法の創造です。 三重県の事例ですが、地域密着型で鈴鹿市と私どもと共同で、小学校の3年、4年生向けの交通安全教育プログラム「あやとりぃ」*1を開発し、小学校で交通安全教育の授業に使っていただいています。さらに幼児向けに「あやとりぃ ひよこ編」というプログラムも開発しています。それから、私どもが今、開発に着手しているのが高齢者向けのプログラム「あやとりぃ 長寿編」です。さらに高校生の交通安全教育プログラムの開発にも、これから取り組んでいきたいと考えています。私どもは幼稚園から小学生、中高校生、成人、高齢者と世代にわたる体系的な教育プログラムを開発し、それにシミュレーターなども活用して、教育の場をつくってきたわけですが、これを交通安全教育指針の実践として位置づけて展開していくことが、これからの課題と考えています。
 混合交通の中では、マナーやルールを守っていくことと、人を思いやる気持ち、譲り合う気持の大切さを、改めて安全運転普及活動を通じながら強調していく。いわば人間形成の場にもしていかないと、目指していく方向にはなかなか近づいていかないと思います。結局、日常生活のなかで安全をどれだけ人々が意識できるか、認識できるかということが、クルマ社会の文化の高さみたいなことになってくるのではないのでしょうか。安全運転普及活動の一つの結果は、どれだけ輪が広げられたかということに尽きると考えています。現場で「手渡しの安全の輪を広げる」ことが、私どものキーワードといえると思います。これからも、どんどん輪を広げていくということに努力していきたいと考えております。



*1 あやとりぃ:子どもたちに知識を与えるだけでなく、自ら考えることによる「気づき」を引き出し、「生きる力」を育んでいくことをめざして作成された新しい交通安全教育プログラム。「あやとりぃ」は「あんぜんを」「やさしく」「ときあかし」「りかいしていただく」の頭文字をとった名称。
 
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