第6章 すべての人の安全をめざす

福祉領域の安全運転普及活動

高次脳機能障がいで身体が不自由になった方はリハビリテーションを経て、社会復帰をめざしている。その中には、運転の再開を希望する方もいる。しかし、運転を再開できるかどうかの明確な基準は存在せず、担当の医師や作業療法士の方々がその判断に苦慮しているという現状があった。特に、公共交通機関が十分に整備されていない地域では、回復後にクルマを運転できるかどうかは日常生活を送るうえで重要な問題となる。Hondaはこうした問題を解決するため、長年培ってきたドライビングシミュレーターの技術を活用して、リハビリ中の方の運転に対する評価や訓練を支援するための「リハビリテーション向け運転能力評価サポートソフト(以下、サポートソフト)」を2012年3月に発売。多くの病院施設が導入し、実車による実技訓練に移行できるかの判断材料に、従来の机上検査に加え、サポートソフトによる検査も取り入れられるようになった。

リハビリ中の方の運転評価や訓練を支援する「リハビリテーション向け運転能力評価サポートソフト」

机上検査とサポートソフトによって一定の評価が得られると、実車走行に移行する。そのために、サポートソフトと併せて、「自操安全運転プログラム(以下、自操プログラム)」も2012年に開発した。これは実車での評価・訓練をサポートすることを目的としており、実車による体験を重ねることで、運転基礎感覚(方向・速度・車両・位置・距離・直進)と運転基本操作(走る・曲がる・止まる)を確認できる。この自操プログラムをHondaの交通教育センターで展開。しかし、受講を希望する方が利用しやすいのは近隣の自動車教習所だ。そのため、全国各地の自動車教習所にも自操プログラムのノウハウを提供したのである。
さらに、各地域で運転復帰を望む方が安心して評価が受けられる環境の確立と充実を図るため、交通行政や指定自動車教習所協会、作業療法士会の相互理解と連携を支援。2017年は沖縄県、2018年は熊本県、鹿児島県、2019年は広島県で各県の指定自動車教習所協会と作業療法士会が合同講習会を行った。合同講習会では、Hondaの交通教育センターのインストラクターが講師となり、参加した教習指導員と作業療法士に自操プログラムを体験してもらい、そのノウハウを伝えている。これに加え、病院施設での運転復帰に向けた評価・訓練の実態や、自動車教習所の受入れ体制などについて情報や意見を交換する場を設け、教習指導員と作業療法士の交流を促している。

リハビリ中の方の実車による運転の評価・訓練をサポートする「自操安全運転プログラム」

また、急速に進む高齢化により、デイケアセンターなどの福祉施設への送迎サービスを利用する方が増えることが予想されている。Hondaは送迎中の交通事故を予防し、利用者の安全で安心な移動を確保するため、送迎運転者向けの「移送安全運転プログラム(以下、移送プログラム)」を2013年に開発。送迎サービスの利用者の中には健常者なら気にならない加速や減速でも自分で身体を支えきれないことがあるため、アクセルやブレーキの操作への配慮が必要になる。そのため、安全運転のスキルを身につけるだけでなく、利用者をはじめ他のクルマや歩行者に対する思いやりや配慮の大切さを送迎運転者に理解してもらうことを目的としている。この移送プログラムもHondaの交通教育センターで提供している。送迎サービスを提供する団体等に移送プログラムを活用してもらうことで、送迎運転者への安全運転教育の場と機会の拡大を図っている。

福祉施設への送迎サービス運転者向けの「移送安全運転プログラム」

先進の安全運転支援システムの
正しい理解の普及をめざして

Hondaは2017年9月に発売したN-BOX以降、軽自動車を含めた新型モデルで、衝突軽減ブレーキを含む「Honda SENSING」と総称する先進の安全運転支援システムの標準装備化を進めている。このシステムを搭載したクルマが増えていくことが予想されるため、運転するお客様にその機能の効果や限界について正しく理解していただくことが重要となる。そこで2018年、Hondaは四輪販売会社のスタッフが、より正しくお客様に安全運転支援システムの説明ができると同時に、各拠点などで体感試乗を安全に運営するための研修プログラムを作成。Hondaの交通教育センターでASC(アドバンスドセーフティコーディネーター)研修として実施している

※ASC研修はセーフティコーディネーター資格取得者を対象に、レベルアップ研修として実施。

ASC研修では、まず座学でHondaの安全に対する考え方と安全運転支援システムの仕組みや作動原理について理解を深める。その後の実技ではインストラクターが運転するクルマに同乗し、衝突軽減ブレーキを体験、次に受講者自身が運転。この時、前方の障害物への接近を知らせる警告音が鳴ったタイミングでブレーキをかければ、衝突軽減ブレーキが作動する前に余裕を持って停止できることを体験し、システムに頼らず、運転者自身が回避行動をとることの重要性を学ぶのである。このような体験をもとに、受講者は交互に指導者役とお客様役になり、安全アドバイスをするためのロールプレイも行う。
ASC研修を受講したスタッフは全国各地で「Honda SENSING」の体感試乗会を開催。スタッフが運転するクルマで、お客様に衝突軽減ブレーキや誤発進抑制機能を体感していただいている。
さらに、多くのお客様に安全運転支援システムを安心してご利用いただくため、衝突軽減ブレーキの啓発動画を作成。誤解や過信を防止するため、作動の流れ、天候や道路環境の様々な条件による機能の効果と限界について解説している。また、予期せぬ作動時でも慌てず対処できるよう、正しい運転姿勢や荷物の積載についても言及している。この動画は、四輪販売会社のスタッフが携帯しているタブレットで随時、お客様に見せることができるようになっている。

「Honda SENSING」体感試乗会

四輪販売会社による手渡しの安全活動の充実

四輪販売会社では地域社会に交通安全の輪を広げるため、交通安全教育プログラム「あやとりぃ ひよこ」を活用した子ども向け交通安全教室を開催している。Hondaは四輪販売会社のスタッフが交通安全教室の指導者となるための研修会を開催したり、教室開催準備のためのマニュアルを整備するなどサポート。四輪販売会社は販売拠点のショールームだけでなく、近隣の幼稚園・保育園などに出向き、独自の工夫を加えながら実施している。
近年はブレーキとアクセルのペダル踏み間違いなど「運転操作不適」による交通事故が高齢ドライバーを中心に目立っている。このような事故を予防することを目的に、Hondaは2019年、四輪販売会社のお客様を対象としたプログラム「みんなで安診(安全運転行動診断)」を開発。安全な乗車手順やクルマの死角の確認、じゃんけんによる反応体験などを通じて、自らの日頃の意識や行動を振り返りながら、事故を防ぐために必要な安全行動の重要性をお客様に理解していただける内容となっている。四輪販売会社のスタッフを対象に導入研修を全国10ヵ所で実施。受講したスタッフが、このプログラムを活用してお客様への啓発活動に取り組んでいる。
また、四輪販売会社を通じ、お客様に安全を手渡しするためのツールとして安全運転情報誌「Think Safety」を2017年4月に創刊。Hondaの安全技術への理解を拡めるとともに、交通安全に関する社会の動向と併せ、安全運転のためのアドバイスを紹介している。

左:2019年に開発した四輪販売会社のお客様対象プログラム「みんなで安診(安全運転行動診断)」
右:2017年から発行する安全運転情報誌「Think Safety」

新たな技術を取り入れ事故防止に役立てる

鈴鹿サーキット交通教育センターで2007年から実施している「運転習慣チェックプログラム」のベースとなる運転評価システムを(株)本田技術研究所の新しい車両解析技術を活用することにより、HDSP(Honda Driving Style Proposal)として2017年に刷新。このプログラムの特徴は個々の運転行動が可視化され、自己評価と比較することで、受講者自身が課題に気づき、行動の改善につなげられることである。また、受講者の運転走行データを蓄積・分析することで、受講者全体や同じ研修受講グループ内での個人の位置づけを把握でき、これに基づいた課題の設定や、運転行動の改善につなげる講習が可能となった。

2017年から始まった「HDSP(Honda Driving Style Proposal)」の様子

Hondaが2013年3月より一般公開を開始した「SAFETY MAP」は運転者だけでなく、歩行者・自転車利用者等も含めたすべての交通参加者が、パソコンやスマートフォンで自由に活用でき、その地域で暮らす人々の声でつくられていく安全マップである。個人の利用だけでなく、交通事故防止に活用する企業・団体も増えている。
Hondaは2016年3月の大阪府警察本部を皮切りに、7都府県の警察本部と「交通事故防止対策の推進に関する協定」を締結。「SAFETY MAP」に表示されている急ブレーキ多発地点情報のデータ提供や交通安全教育に活用できる事故分析資料の提供を受けるなど、交通事故防止に向けて相互に協力している。

※日本中を走る Hondaインターナビ(双方向通信型のカーナビ)搭載車から通信で送られてくるデータをもとにした急ブレーキ多発地点情報をはじめ、事故多発エリア情報やゾーン30情報などを表示。 パソコンやスマートフォンで自由に閲覧でき、閲覧者が交通安全上危険だと感じた場所に投稿することも可能。

2013年から公開が開始された「SAFETY MAP」

2016年3月の大阪府警察本部を皮切りに、7都府県の警察本部と
「交通事故防止対策の推進に関する協定」を締結

指導の表現力を高め、軽量・コンパクト化を
実現した次世代シミュレーター

2016年、運転シミュレーター型式認定基準が改正され、二輪免許の教習に次世代(危険予測に特化し、車体傾斜機能を持たない)シミュレーターの運用が可能となった。これを受けて2017年11月、「Hondaライディングシミュレーター」をモデルチェンジ。3代目となる新シミュレーターは、より多くの自動車教習所で活用していただけるよう軽量・コンパクト化を実現した。コンパクトながらもAT車、MT車、さらに普通二輪車、大型二輪車のいずれの危険予測教習にも対応している。走行中にどの地点で危険を感じ取ったかを記録して走行再生時に表示する「危険予測表示機能」など、危険予測の学習ができるソフトを充実させ、指導の表現力を高めた。
このノウハウをもとに、2020年3月には白バイ隊員をはじめとする二輪車乗務警察官の訓練で活用できるポリスタイプを完成させた。車体は「Hondaライディングシミュレーター」を活用し、白バイ隊員訓練用の専用ソフトを新たに開発。違反車両の追尾中に想定される危険なシチュエーションの再現や、追跡中の広報マイク音声の録音機能、プロジェクターへの映像投影機能を追加し、白バイ隊員の集合教育で活用できるようになっている。

2017年にモデルチェンジした「Hondaライディングシミュレーター」

海外拠点の充実と各国の普及活動の継続

実践活動の要でもある交通教育センターについてはこれまでの拠点に加え、2010年、ネパールにおけるHondaのディストリビューターであるシャカール社が、ネパール初の二輪安全運転講習センター「Syakar Safety Riding Training Center」をオープン。2013年には中国とブラジル・マナウス、2016年にはタイ・プーケットと同チェンマイ、2017年3月にはベトナムの交通教育センターがリニューアルオープンした。
また、交通安全普及活動を継続的に展開するために、インストラクター研修や、教育プログラム(ライダー、ドライバーのみならず、子ども向けなど)の普及活動も積極的に展開。
タイの交通教育センターでは、2018年に新たな取り組みとして、Webサイトで、自社で開発した危険予測トレーニング「Accident Prediction Training」を公開・普及している。
トルコ(Honda Turkiye A.S.)では2015年に、トルコ教育省等の承認を受け、子ども向け交通安全教育プログラム「あやとりぃ」を導入。近辺の小学校25校1,500人の生徒、 および従業員の子どもに教育を実施。今後は対象地域をトルコ全域へと拡げ、このプログラムを通して「止まる」こと、「観る」 こと、「待つ」ことの大切さを子どもたちに伝える活動を継続している。

海外活動のレベルアップと活性化を図るために

モータリゼーションの進展が著しいアジア各国においては、二輪車による死亡事故の多さが際立ち、人材育成や教材についての問い合わせが増えている。
そうした各国の安全運転普及活動の責任者が、今後の活動に有効な情報や活動事例を共有できるようにするため、Safety Driving Managers Meetingを2012年より開催。第1回のMeeti ngには、タイ、ベトナム、フィリピン、中国、インド、インドネシア、マレーシア、日本の8ヵ国が参加した。
2016年には、日本の交通教育センターの協力のもと、海外事業所向けの二輪指導者養成研修の内容を刷新。指導力および企画運営力の強化を目的とした新しいカリキュラムの作成と、研修後に強みや弱みをフィードバックするシートの開発により、指導者に必要な能力を総合的に伸ばせる設計とした。また従来の教材や資料を統合し、カリキュラムとリンクさせて研修効率の向上を図るとともに、現地でも活用できるように英語版も作成した。
さらに2017年からはアジアの地域本社であるAsian Honda Motor Co., Ltd. と連携し、四輪販売店における安全運転啓発活動を標準化し、展開している。一人でも多くの四輪ユーザーに、より高いレベルの安全運転啓発活動を展開するために、アジア5現地法人の推進担当者が日本での販売店向け研修に参加、指導スキルのレベルアップを図っている。2020年6月時点で、世界41の国と地域(日本を含む)で安全運転普及活動が展開されている。

2012年から始まった「Safety Driving Managers Meeting」の様子

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2010 尖閣沖中国漁船衝突
2011 東日本大震災
2016 日銀マイナス金利導入
2018 米朝首脳会談
2020 新型コロナウイルス流行