第6章 すべての人の安全をめざす

2018年 アドバンスドセーフティコーディネーター研修の様子

すべての人の安全をめざす

Hondaはグローバル安全スローガン「Safety for Everyone すべての人の安全をめざして」を2013年に制定。その根底には、バイクやクルマに乗っている人だけでなく、道を使う誰もが安全でいられる「事故に遭わない社会」をつくりたいという想いがあります。2010年代は交通安全教育を生涯教育ととらえ、子どもから高齢者まで各年代に応じた交通安全教育に地域社会と一体となって取り組みました。

地区普及ブロックを核として
地域に根ざした普及活動を拡げる

Hondaはライダーやドライバー以外の交通参加者にも啓発活動を拡げるため、地区普及ブロックを栃木、埼玉、浜松、鈴鹿、熊本の各製作所内に設置した。5つの地区普及ブロックは担当するエリアで、運転免許を持っていない子どもや高齢者などが交通安全を学べる体制づくりをめざして活動を展開。自治体や警察、自動車教習所、Honda関連企業などと連携しながら、地域社会と一体となって交通安全教育ができる基盤の整備に努めた。
また、地区普及ブロックだけでは、子どもや高齢者などを対象とした交通安全教育を継続・定着させることはできない。そこで、地域の交通安全指導者が主体的かつ継続的に活動することにより、各地域に交通安全が根づいていくと考え、Hondaは教育プログラムや指導ノウハウの提供を通じ、教育の最前線で活躍する交通指導員などを支援した。
2010年には「あやとりぃ ひよこ編」を全面的に改編。交通場面が描かれた大型のワークシートを作成するなど、教育現場で使いやすいものへと進化させた。こうした交通安全教育プログラムを多くの地域に普及させるため、地区普及ブロックは教材を提供するだけでなく、地域の交通安全指導者のもとに足を運び、指導ノウハウを伝えて回ったのである。
そして、2013年には47都道府県の交通安全指導者と連携を図ることができ、その指導者の数は約1万3,000人となった。
地区普及ブロックはその役割を終え、2017年に活動拠点を東京・青山の安全運転普及本部(以下、安運本部)に集約。地域の交通安全指導者や関係団体との連携を保ちつつ、現場のニーズに基づいた教育プログラムの開発に注力していくことになる。

Hondaの関連企業内における
インストラクター養成を拡大

2008年に九州の「熊輪会」から始まったHondaパートナーシップインストラクター(以下、HPI)の養成も全国へと展開。「熊輪会」同様、各地域のHonda関連会社で構成される栃木・埼玉の「災害防止協議会」、浜松の「さつき会」、鈴鹿の「七日会」の協力を得て、40社(55事業所)170人(2020年9月末時点)のHPIが活躍している。
HPIの養成研修は埼玉、浜名湖、鈴鹿、熊本などの交通教育センターで実施。二輪・四輪の実技訓練のほか、「あやとりぃひよこ」や「親子バイク教室」の指導方法などを学ぶ。ここで身につけたノウハウをもとに、自社内および事業所の周辺地域における交通安全の普及に取り組む。例えば、事業所の周辺地域に住む親子を対象とした交通安全教室を定期的に開催。子どもには事故の危険や怖さ、保護者には自らが事故を防ぐ知識と子どもの行動特性を理解する機会と場を提供している。

地域の交通安全指導者の活動を
支援するための場と機会を創出

2011年には地域の交通安全指導者がお互いのノウハウを共有したり、意見を交換できる場を新たに設けた。3月には三重県、滋賀県、兵庫県、岡山県、8月には熊本県、宮崎県の指導者による情報交換会を開催。参加者からは「自分の担当する地区以外の指導方法は、なかなか知ることができなかったので良い機会になった」という声が聞かれた。以降、この情報交換会は全国5ヵ所にある地区普及ブロックごとに開催されるようになった。
その後、地域の交通安全指導者の知識や経験を新たな教育プログラムの開発に活かそうとHondaは2014年、情報交換会を交通安全教育プログラム勉強会へと発展させた。現場で指導にあたる方々の意見や要望に耳を傾け、より使いやすい教育プログラムを開発するためだ。第1回目の勉強会では子どもと高齢者への交通安全教育をテーマに、現状の指導内容の課題について共有し、そうした課題を解決するために有効と考えられるアイデアを地域の指導者が日頃の活動をもとに出し合う機会となった。この勉強会を通じて、様々な教育プログラムが生み出されていく。

2011年から開催している交通指導員など地域の指導者が集まる情報交換会と勉強会の様子

安全運転教育と生涯教育、対象に応じて
体系化されたプログラム開発

Hondaは交通安全教育を生涯教育ととらえ、幼児から高齢者まで対象に応じて体系化されたプログラム開発に取り組んでいる。2015年に開発した教育プログラムは、高齢歩行者を対象にした「安全な道路の渡り方」。高齢歩行者の死亡事故の代表的な形態は横断歩道以外の道路横断中に起きている。(公財)交通事故総合分析センターの資料によれば、横断の前半よりも後半に左側から来るクルマと衝突する割合が高くなっている。その要因として、加齢による身体機能の低下とともに、ドライバーと歩行者の「見落とし」や「思い込み」などが考えられる。それらを高齢者に伝え、どのような行動をすれば事故が防げるのか高齢者自身で考えてもらうことを目的としたのである。歩行者が道路横断中、事故に遭う過程を再現した映像(アニメーション)や、道路横断を疑似体験できる内容(横断体験)を取り入れ、高齢者に意識と行動のミスマッチを理解してもらいながら、事故防止のポイントをわかりやすく伝えることができる内容となっている。
2016年に開発した教育プログラムは、幼児を対象にした「できるニャンと交通安全を学ぶ」。「できるニャン」とはHondaの交通安全キャラクターである。子どもが実際の道路に出る前に、映像で道路上の危険箇所を対話形式で考えるプログラムで、ただ映像を流すだけでなく、途中で映像を停止させ、指導者が子どもに問いかけながら、「道路のどこに危険があるか」考えてもらえるようになっている(2020年に駐車場での安全行動を考えてもらうための内容を追加)。また、導入部分では交通事故を防ぐために重要な「止まる」「観る」「待つ」という動作を習得しやすい振りつけの体操を取り入れている。
2017年には「できるニャンと交通安全を学ぶ」の続編として、「小学校低学年歩行編」を開発。映像編では、他者視点をわかりやすく伝えるために「上空からの見え方」や「運転者からの見え方」などをアニメーションとして取り入れた。また、ボールを使った簡単な体験で、児童に道路横断時の安全確認を学んでもらう内容も盛り込んでいる。

2016年に開発した幼児対象の教育プログラム「できるニャンと交通安全を学ぶ」

2018年は「子どもの保護者にも交通安全の重要性を再認識してもらうためのプログラムが欲しい」という声に応え、幼児の保護者に対して、わが子の安全を守るために何をすべきか考えてもらうことを目的に「わが子の命を守るために」を開発。安全な歩き方、自転車利用時のヘルメット着用や自動車乗車時のチャイルドシート使用の重要性について、正しい使い方の理解とともに、危険な交通場面の映像や資料から日頃の行動を振り返ってもらいながら、どうすれば事故を防げるかを保護者に問いかけ、気づきを促す内容となっている。

2018年に開発した動画「わが子の命を守るために」

子どもたちは幼児期や小学校入学後の交通安全教室で、交通安全の知識や事故に遭わないための安全行動を学ぶ。身につけた知識を行動として実践することの大切さに気づいてもらうため、2019年は小学校高学年・中学生を対象としたプログラム「将来社会で活躍する君たちへ」を開発した。社会生活を豊かに送るうえでの基本である「ルール・マナーを守り、習慣化させる」ことで、次代を担う子どもたちが交通安全を自分事ととらえ、事故に遭わないようにすることを目的としている。小学校高学年や中学生が歩行中、自転車乗用中にやってしまいがちなルール・マナー違反の映像を見せた後、指導者が問いかけ、児童・生徒の気づきを促す内容となっている。

2019年に開発した小学校高学年・中学生を対象としたプログラム「将来社会で活躍する君たちへ」

道徳心ある交通社会人を育てるための
高校生への交通安全教育

Hondaは交通社会人の第一歩となる高校生に対し、交通安全教育を通じ、社会生活におけるルールやマナーの重要性、人への思いやりなど道徳心を養いながら豊かな人間性を育み、若く尊い命を守りたいと考えている。そのためには、高校生が安全運転に関する知識や意識を持ちながら、命の大切さや交通安全について主体的に考え、自ら行動できるようになるための学習機会の提供が必要である。そこで、独自に高校生交通安全教育のプログラムを開発した。
プログラムのベースには、「人を思いやる心を持つ」という教育的な観点がある。そして、自転車や原付の運転時における交通ルールやマナー、危険行動について、感受性教育や実技を通じ、高校生自らが考えることで行動変容を促すことを目的としている。
感受性教育は、交通ルールやマナーの重要性、事故を起こしてしまった場合の影響や責任を学ぶことで、人への思いやりや命の大切さに気づいてもらうためのもの。一方、実技では単なる自転車や原付の操作スキルではなく、安全運転スキルを学ぶことに主眼を置き、危険を安全に体験し、危険ポイントを学ぶなど、自ら交通事故から身を守るという考え方を生徒に身につけてもらう。感受性教育と実技による教育によって、「事故は絶対に起こさない。巻き込まれない」という意識の向上とともに、「絶対に人に迷惑をかけない」という道徳心の向上をめざしている。
このプログラムを活用し、2012年3月より熊本県で行政機関や教育機関と連携し、高校生への交通安全教育を熊本普及ブロックのスタッフが実施。2012年度は同県16校の約1万5,400人の高校生が参加した。2013年度は全国へと展開し、各地区普及ブロックが熊本県を含む19府県101校で約6万5,000人の高校生に交通安全教育を行った。さらに、高校の先生方が自主的に座学や実技による自転車教育をできるように、プログラム内容を映像でまとめた「高校生交通安全教育指導マニュアル」を作成し、そのノウハウを提供したのである。

高校生交通安全教育の様子

1970年代後半頃から始まった高校生に対する「三ない運動」は2012年8月、この運動の推進者となった全国高等学校PTA連合会の第62回大会で宣言文がなくなり、今後は自転車や歩行を含めたマナーアップ運動に転換すると発表された。これにより、「三ない運動」を推進していた県では、見直しに向けた検討が進められるようになる。その一つ、埼玉県は2016年に学識経験者、学校関係者、生徒の保護者、交通安全関係者等で構成される「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」を設置。Hondaも(一社)日本自動車工業会二輪車安全教育分科会を通じて検討委員会に参画。原付や二輪車に乗せない教育から安全運転教育を充実させ、乗せて教育するという方針転換につなげた。そして、2019年度からは「三ない運動」は廃止され、新たな「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する指導要項」が施行された。これに合わせ、バイクの運転や購入を届け出た生徒を対象にした安全運転講習が始まり、講習の運営に協力している。

2016年に埼玉県に設置された「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」

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2010 尖閣沖中国漁船衝突
2011 東日本大震災
2016 日銀マイナス金利導入
2018 米朝首脳会談
2020 新型コロナウイルス流行