- 第3話 -
ラグビー元日本代表キャプテン
廣瀬俊朗さんとの出会いが大きな転機に
その思いを現実のものへと加速させたのは
意外にもラグビーの元日本代表キャプテンを務めた
株式会社HiRAKU(=ひらく)の代表、廣瀬俊朗さんでした。
ホンダ太陽が農業への進出を模索しているとき、当時のホンダ太陽の社長、鎌田が出会ったのが廣瀬さんでした。鎌田と廣瀬さんの出会いは、鎌田が親交のあった、当時オムロン太陽社長の立石氏からの紹介でした。
株式会社HiRAKU代表、廣瀬俊朗さん
廣瀬さんは、慶應義塾大学在籍中に體育會蹴球部(ラグビー部)のキャプテンとしてチームを牽引。また社会人ラグビーの名門である東芝ブレイブルーパスでもプレーし、数々のタイトル獲得に貢献。のちに同チームでもキャプテンを務め、日本代表でもキャプテンを務めるなど、ラグビー選手として輝かしい経歴を持っています。
その廣瀬さんは現役引退後の2019年に、自身の会社「株式会社HiRAKU」を設立。ラグビーワールドカップ2019日本大会ではアンバサダーを務めました。
東芝ブレイブルーパスでプレーしていた現役時代の廣瀬俊朗さん(写真提供:株式会社HiRAKU)
株式会社HiRAKUでは、15人制や7人制のラグビーに限らず、接触プレーの少ないタグラグビーや、ノンコンタクトラグビーであるT1ラグビーなどの活動もサポートしています。また廣瀬氏は、車いすラグビーやブラインドラグビー、デフラグビーなど、多様なラグビーを「同じラグビー」として広く伝えるため、NPO法人「One Rugby」を立ち上げ、その普及活動に取り組んでいます。
このように、障がいのある方々も参加するラグビーをサポートしていた廣瀬さんを、慶應義塾大学ラグビー部の先輩でもあるオムロン太陽の立石社長が鎌田に紹介したのでした。廣瀬さんと鎌田はすぐに意気投合し、早々に廣瀬さんをホンダ太陽に招待。廣瀬さんは2022年11月にホンダ太陽を初めて訪問します。
廣瀬さんは工場で働く障がいのある人たちの姿や、障がいのある人へのさまざまな支援や設備を見ながら、自らの活動と同じように、障がいの有無にかかわらず、同じ社会の一員であるという意識を、あらためて強めることになりました。
そしてこの訪問を経て、廣瀬さんは鎌田の持つ新たな事業への想いを知ることになります。
ホンダ太陽㈱を訪問した際の廣瀬さんと、当時の社長・鎌田(写真提供:株式会社HiRAKU)
廣瀬さんは以前から大分国際車いすマラソンを視察するなど、大分県における障がい者スポーツや共生の取り組みに関心を寄せていました。
大分県は、障がいのある人たちが地域で暮らしやすいよう、さまざまな施策を推進しています。福祉や雇用、医療、年金などの障がい福祉施策をまとめた冊子を提供するなど、障がいのある人を支える環境づくりにも力を入れている自治体です。
また、日本で初めて車いすの利用者がレジで働くスーパーマーケットが開業したのも大分県。廣瀬さんは車いすマラソンを視察した際に「競技そのものにも感動しましたが、競技が終わってから、出場した車いすマラソンのランナーが、陸上競技場に残って、サポートスタッフや関係者、ボランティアの人たちと歓談しているシーンに感銘を受けました」といいます。
大分国際車いすマラソンを視察した際の廣瀬俊朗さん(写真提供:株式会社HiRAKU)
このように大分県に対する認識を深めるなかで、廣瀬さんは自分も「障がいのある人に理解の深い大分県でホンダ太陽と一緒に障がいのある人たちのために何かできないかと考えるようになっていきました」と言います。
そして、鎌田の想いである農業に対しても、自身のネットワーク、交友関係の中から、大分県で農業をキーワードとして事業を展開している人物の姿が浮かび上がってきました。
廣瀬さんは、その人物に連絡をとり、ホンダ太陽について説明。一度一緒にホンダ太陽を見学することを提案します。その人物こそがホンダ太陽の農業事業への挑戦に大きな一歩を踏み出させることになるのです。

