巨大市場への挑戦
Honda初の芝刈機登場
完成機として耕うん機に搭載され、世界で着実に販売実績を積み重ねました。
そして新たに、アメリカやヨーロッパの巨大市場に挑戦するため
日本では馴染みのなかった芝刈機の開発に挑みます。
Honda社内で1973年に提唱されたミリオン・エンジン構想は、汎用エンジンを100万台販売することを目標としていました。しかし、その達成には、汎用エンジン単体の販売だけでなく、完成機への搭載と販売が必要でした。その完成機が、ヨーロッパやアメリカで大きな市場となっていた芝刈機でした。
当時Hondaの汎用エンジンと完成機の販売は、全世界で合わせて約30万台程度。そのうち、完成機である耕うん機は日本とフランスだけで販売しており、販売台数拡大のためにはフランス以外のヨーロッパやアメリカという大きな市場で販売できる新しい商品が必要でした。そこで目を付けたのが芝刈機でした。
当時の芝刈機の市場規模は全世界で約850万台、北米だけでも約500万台を超えていました。しかし、当時の日本では芝生環境が普及しておらず、日本人には馴染みの薄い商品でした。同時にHondaにとっては初めて手掛ける商品で、未知の市場への挑戦となりました。
1976年2月、芝そのものの研究や、現地の人々の芝や芝刈機との付き合い方を知るために、開発陣はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スイスへと現地調査に向かいました。 芝の種類、芝生の面積、ユーザー像、芝刈機の使用頻度などを販売店やユーザーの自宅を訪問しながら芝の研究を進めました。
その結果、芝刈機はガーデン用品店での販売が主流で、アフターサービスが不十分であること。現行の芝刈機には始動性に課題があり、故障も発生しやすいという状況を把握しました。
また、高速で刃が回転する芝刈機で、エンジンを止めずに刈り取り部に詰まった芝を取り除こうとして起こる事故が多発。しかし、当時の芝刈機には安全装置がほとんど装備されていないことや、作業時やメンテナンス時の不安が多いことも判りました。
そこでHondaは、高品質で扱いやすく、耐久性に優れながら安全性を担保できて、少しの部品交換で長期に使うことが可能な芝刈機をコンセプトに開発を開始しました。そして、欧米視察終了から、ほぼ1年後の1978年に、手押し式の歩行型芝刈機「HR21」の販売を開始しました。
Honda初の歩行芝刈機「HR21」
この「HR21」では安全性の担保を目的として、それまでの芝刈機の常識を覆す技術を搭載しました。高速で刃が回転する芝刈機は、使い方を誤ると重大事故につながりますが、当時の芝刈機には安全に関する技術や装置がほとんど装備されていませんでした。
そこでHondaはBBC(Blade Brake Clutch)機構を採用したのです。BBC機構とは、クラッチレバーを握ると刃が回転し、レバーを離すとブレーキがかかり3秒以内に回転刃が停止する機構のことで、刃の回転が止まっても、エンジンは稼働した状態なので、エンジン再始動の手間がなくなるのです。
ハンドルから手を放すと3秒以内にカッターブレードが停止するBBC機構
BBC機構は、Hondaが世界で初めて搭載した機構で後にCPSC(Consumer Product Safety Commission:アメリカ政府機関の消費者製品安全委員会)に、芝刈機の安全基準制定を促進する要因のひとつとなりました。
さらに芝刈機の開発にあたって、刃の回転で起こる飛び石から足を守る大型シールドを採用し、回転によって熱を持つエンジン部分が使用者に触れないためのヒートガードも採用しました。Hondaは徹底したユーザーニーズを調査した上で様々な技術を開発・導入して、使う人が安心して使用可能な芝刈機を提供したのです。
飛び石から足を守る大型シールドとサイドガード
また「HR21」ではエンジンに始動性や静粛性に優れた、排気量144ccで3.5馬力を発揮するG型エンジンのGV150を採用。このエンジンの特徴である静粛性はユーザーが隣家に気兼ねすることなく芝刈機を使用できることで好評を得て、クラッチレバーやスロットルレバーに加え、3段変速レバーを手元のハンドル部に集中させたことで操作性の向上にも寄与し、乾燥重量41kg(ポイント点火のHR21S)という軽量さも相まって、女性でも使用可能な芝刈機として支持を得ました。
手元に集中配置されたコントロール類
開発の途中では、当時社長だった本田宗一郎さんから「カバーに樹脂を使え」と指示がありましたが、HR21ではエンジン始動時に車体に足をかけてリコイルロープを引く構造から断った経緯がありましたが、その15年後に他社で開発されたアルミに近い強度を持つ樹脂をHRB215でHondaが最初に芝刈機に採用し、本田宗一郎さんの意思を実現しました。
1991年発売の歩行芝刈機HRB215。アメリカ市場で初めての樹脂カッターハウジングを採用した。
Hondaの芝刈機は、1985年には乗用タイプのHT3810/3813の販売を開始するなどラインアップを強化し、年間の販売台数は33万台に到達。静かで使いやすく、始動性に優れて安全なHondaの芝刈機の認知はアメリカを中心に大幅に拡大したのです。また、同時に「販売チャンネルの整備」も着々と進んでいきました。


より多くの支持を得るため
1991年発売の歩行芝刈機HRB215で芝を刈る様子
Hondaが1978年に販売を開始した手押し式の歩行型芝刈機HR21は、高い静粛性と安全性、耐久性、優れた芝刈性能によって、北米や欧州の一般消費者向け市場で強い存在感を示しました。
なかでも支持されたのが、エンジンの始動性です。季節や地域にかかわらず簡単・確実に始動するHondaの芝刈機は、芝の手入れを自分で行う人にとって、初めて触れるHonda製品となりました。そして芝刈機に対する信頼は、芝刈機だけに留まらず、Hondaブランド全体のイメージ向上にもつながっていきます。
一方、ランドスケーパーと呼ばれる芝刈を職業とする専門業者から見ると、HR21は耐久性を重視したことで重量が重くなり、装備も業務用としては必要のないものが多くありました。結果、芝刈を職業とする専門業者から見るとHR21は競合機種と比較して高価格で、高品質・高機能な高級モデルと認識されていたのです。
HR21シリーズは1985年には一般家庭を中心に年間33万台を売り上げるまでに成長しました。しかし、その成功をさらに大きくするには、HR21で築いた高品質への信頼を守りながら、芝刈を職業とする専門業者にも支持されるように重量と価格の壁を越えなければなりませんでした。Hondaの芝刈機にとって、成功した商品そのものが、次に乗り越えるべき壁になったのです。
HRC216で芝を刈るランドスケーパーの様子
ホームセンターという新しい販売経路の出現
1990年代に入ると、北米では芝刈機の主な販売者が、従来のパワープロダクツ専門販売店からThe Home DepotやLowe’sなどのホームセンターへと移行していきました。
ホームセンターの売り場では、異なるブランドや価格帯の商品が同じ場所に並びます。ユーザーが選ぶ基準も、従来の性能軸やブランドイメージだけでなく、価格・機能・デザイン・用途性など幅広いニーズへと広がっていました。競合他社がしのぎを削る売り場で選択されるためには、従来の高品質・高価格帯の商品だけではなく、さまざまな要望に応える商品を揃える必要がありました。
Hondaは、ホームセンターを介して、より多くのユーザーに芝刈機を届ける方向へ販売施策を転換していきます。
価格競争力を身に着けるためのニューモデル開発
1997年、Hondaは軽量・コンパクトな4ストロークエンジン「GC/GCVシリーズ」を発表。そして、5.5馬力のGCV160エンジンを搭載した歩行型芝刈機HRS216を北米の研究所で現地開発して販売を開始しました。さらに翌1998年、HRS216を中心とする普及価格帯の「Harmony II」シリーズとして本格展開。取り回しやすい軽量さと、300ドル台からという価格競争力を実現しました。
1997年に発売された歩行型芝刈機HRS216。現地開発され、普及価格帯のHarmony IIシリーズの中心機種となった。
Harmony IIシリーズは、一部の高品質志向ユーザーが選択する高級モデルからHondaの芝刈機を、幅広い消費者が用途や予算に合わせて選択可能な商品へと変革するための機種となったのです。
需要のあるところで開発・生産する
価格競争力のある商品を高い品質で安定して供給する。その基盤は、Harmony IIの登場より前から築かれていました。
Hondaには「需要のあるところで開発・生産する」という理念があります。これは日本発祥のメーカーであることから、日本での開発・生産に拘ることを戒めた言葉として、現在でもHondaの中で引き継がれた理念です。この理念とのもと、1984年8月にノースカロライナ州スウェプソンビルで歩行型芝刈機の現地生産を開始。1993年には同地に研究開発拠点も設置しました。芝刈機の最大市場である北米で商品を開発し、生産する。その体制が、北米のニーズを捉えながら品質と価格競争力を両立させるものづくりを支えました。
ノースカロライナ州に設立されたパワープロダクツ工場
商品とともに、販売方法を変更
ホームセンターへの進出と、Harmony IIシリーズの投入は、北米におけるHondaの芝刈機事業の大きな変革起点となりました。
ホームセンターの陳列棚に商品を置いてもらうには、用途や価格が明確な商品を用意するだけでは足りません。年間の取引台数、供給体制、広告宣伝など、ホームセンター向けの販売施策が必要でした。芝刈機のホームセンターでの販売を拡大する中で、従来芝刈機の販売を担っていたパワープロダクツ専門販売店では、ホームセンターで販売された商品の修理や、ブレード、油脂類の交換といったメンテナンスを担うサービス拠点へと、その役割が大きく変化していきました。
HR21が築いたのは、簡単・確実に始動し、長く使用可能であるというHondaブランドへの信頼でした。そして、Harmony IIが切り拓いたのは、その信頼を、より多くの人が手にすることのできる市場です。高品質な高級機で得た成功に満足せず、エンジン、車体、開発・生産、そして販売施策まで変更することで、Hondaの芝刈機は北米市場の幅広い層に支持される商品へと成長しました。
「機械で暮らしを楽にしたい」
1978年に発売され、アメリカやヨーロッパを中心に、Honda芝刈機は少しずつ市場に浸透していきました。主な市場は北米でしたが、欧州にもまた北米とは違う芝刈機の市場が広がりつつありました。
1984年にアメリカ・ノースカロライナ州で、主にアメリカ国内向け製品の生産を始めたように、1986年にはフランス・オルレアン近郊のオルムでヨーロッパ地域向け製品の生産を開始。欧州の芝刈機事情に合わせた製品で、市場を切り拓いていきました。
欧州の芝刈機ユーザーの使用実態は、北米と比較して広くはない庭で、芝を定期的に刈り揃えるだけではなく、より美しく、芸術的に仕上げたいという風潮がありました。
近隣にある家の芝生よりも美しく見せたい、芝生だけではなくガーデニング全体として仕上げたいという思想から、北米向け芝刈機の平均的な刈り幅が21インチ(約53cm)であるのに対し、欧州向けは約41~46cmが好まれ、欧州の住宅事情に合わせた芝刈機のサイズが主流になりました。この結果、2001年に欧州で発売した歩行芝刈機「HRG415」や「HRG465」は、発売約1年半で10万台を販売するほど好調な売り上げを実現しました。
欧州で高い人気を博した歩行型芝刈機「HRG465C3」
このような状況の2000年前後から欧州では1つの動きが始まりました。主要芝刈機メーカーが、電動製品の開発を始めたのです。
芝刈り作業といえば、毎週日曜日の昼間に実施するものというのが日常でしたが、芝刈り作業を朝早くから始めると、騒音で近隣の方々に迷惑となり、夕方に実施すると、庭でバーベキューパーティを始める家庭も出てくるので、やはり迷惑になる。このような事情から、静音性が高く、作業時間に制限のない電動芝刈機に主要芝刈機メーカーは着目したのです。
そこでHondaも、2012年に欧州で電動の歩行型芝刈機「グラスパHRE330/370」の販売を開始。「グラスパHRE330/370」は家庭用のAC電源を使用し、高出力モーターで芝刈り用ブレードを回転させるもので、電動芝刈機ならではの静音性と、100㎡当たりの芝刈り作業にかかる電気料金も約2円という、優れた経済性が評価されることになりました。
高い作業性能を実現し、電動芝刈機としては当時業界トップレベルの機動力を発揮したグラスパHRE370
そして2012年にHondaは欧州でロボット芝刈機「Miimo」の発売を開始します。ロボット芝刈機「Miimo」はHondaが早くから取り組んできた芝刈り作業の自動化・省力化を、家庭向けの商品として具現化したモデルでした。
当時の「Miimo」は、あらかじめ作業区画をエリアワイヤーで区切って指定し、その中を自動で芝刈り作業を実施するロボット芝刈機です。電動ならではの静音性に加え、バッテリー残量が少なくなると自動で充電ステーションへ戻り、充電を開始するシステムを採用することで、24時間365日の芝刈作業を実現しました。
電動で自走しながら自動で芝を刈り取るロボット芝刈機「Miimo」
電動となっても、安心して任せられる、誰もが簡単に使用可能で、耐久性と経済性に優れた商品というHonda製品の基本的な考え方が変わることはありませんでした。これも「機械で暮らしを楽にしたい」という、Hondaパワープロダクツの思いがあらわれた商品展開でした。
一方、欧州と並ぶ大市場である北米では、電動化やロボット芝刈機の普及は、欧州ほど急速には進みませんでした。
北米では一般家庭の芝生面積が広く、効率の面から乗用芝刈機が選ばれるケースも多くあり、地域によって芝生の種類も異なります。特に南部には太く硬い芝生もあるなど、欧州とは芝刈り作業を取り巻く環境そのものが異なっていました。
北米では、家庭の芝生だけでなく、街並みや歩道、フットボール場や野球場など、さまざまな場所に広大な芝生があります。そのため、家庭用の歩行型芝刈機から、広い面積を効率よく刈る乗用芝刈機まで、用途に応じた製品が選択されてきました。
家庭用芝刈機では今後も電動化が進むと考えられる一方、造園業者などプロが使用する芝刈機には、プロユースとしての耐久性や信頼性が求められます。そのため、エンジン芝刈機への需要も依然として根強く残っています。
しかし、親世代から子ども世代が芝刈作業を担うようになった場合、時間と労力を違うことに使いたいという思いが高まる可能性もあります。
そして今では、そういった芝刈りに代表される街の環境保全や家庭環境の美化において、少子高齢化という大きな社会的課題が発生しつつあります。作業をする人がいないという課題を解決するのが、自動化や知能化といったロボティックモア技術です。
現在、Hondaのロボット芝刈機といえば「Miimo」ですが、ロボット芝刈機の技術はさらに進化を続けています。従来のエリアワイヤーで作業範囲を指定する方式から、GNSS※1、RTK※2、LiDAR※3、ステレオカメラ、AIなどを活用し、自ら位置や周囲の状況を把握しながら、より精密かつ効率的に芝刈りを行う自動化・知能化技術へと進みつつあります。
こうした最新技術による自動化は、家庭向けのロボット芝刈機だけでなく、広い芝生を刈る大型の乗用芝刈機にも広がっています。Hondaの「ProZision Autonomous」は、小回りの利くZTR(ゼロターン乗用芝刈機)の芝刈り作業を自動化するものです。
広い芝生を刈るには、それだけ時間も人手もかかります。その作業を機械に任せられれば、暑い中で長時間働く負担が減り、人はほかの仕事を進めることができます。
芝刈り作業を自動運転で行う「ProZision Autonomous」は、造園業界の人手不足解消やコスト削減、過酷な環境における作業者の負荷軽減への貢献が期待されている
「機械で暮らしを楽にしたい」という、Honda創業者である本田宗一郎の願いは、形を変えながら、かわらない理念として続いています。
※1 GNSS:米国のGPS、ロシアのGLONASS、欧州のGalileo、中国のBeiDou、日本のQZSSなど、複数の国が運用する衛星測位システム。地球上のどこでも位置や時刻を測定できる。
※2 RTK:GNSSを使った高精度な測位方法。GNSSより精密な測位が可能で、位置情報をリアルタイムに補正し、数cm、数mm単位の精度で測位結果を得ることができるもの。
※3 LiDAR:レーザー光を利用して対象物を測量する技術。1秒間に数万から数百万の光を発射、その反射を受信して対象物との距離、3次元の形状を捉えることができるもの。Hondaの四輪車「レジェンド」の自動運転にも使用されている。