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HISTORY Hondaの森づくりの歴史

年表でたどるHondaWoods

Hondaの事業所を取り囲む森「HondaWoods(ホンダウッズ)」はどのようにして生まれ、育ってきたのか?
Hondaが40年以上にわたって取り組んできた森づくりの歴史をご紹介します。

1976 “ふるさとの森づくり”理論との出合い。

西田通弘(当時、副社長)が宮脇昭・横浜国立大学教授(当時)の“ふるさとの森づくり”理論と出合ったのは、1976年のこと。それまで聞いたことのなかった“鎮守の森”構想に西田はいたく感激したと言います。

鎮守の森とは、神社の参道や拝所を囲むように配された森林のこと。長い間、神聖な神の森として人々が手を入れずに見守ってきた森には、種々雑多な樹木が混在し、淘汰によりその土地に合った樹木が残る。この鎮守の森にならって、美観のための埴栽ではなく、その土地の生態系を生かした緑化を行い、自然環境の回復、維持をはかろうというのが“ふるさとの森づくり”理論です。

「これは社長の本田さんが日ごろからおっしゃっていた企業の在り方と同じではないか」

鎮守の森には、強い木、弱い木、高くそびえる木もあれば、その根元を固める低木もある。その結果、森全体として変化に強く、生命力の強い森になる。一方、本田宗一郎の持論は、同じような考え方の人間ばかりの会社は変化に弱く必ず駄目になる。多種多様な人間を抱え込むことで組織は活性化し、強い企業になるというものでした。

1977 従業員の手で“森”を育て始める。

浜松製作所では新入社員が1本ずつ苗木を植えた

委員会発足から1年あまり、各所の実行委員が準備を進めた「ふるさとの森」づくりが実行に移されました。25万本の苗木が熊本、鈴鹿、浜松、埼玉の各製作所と栃木研究所に運び込まれ、ある工場ではその年の新入社員が、また他の工場では全従業員が総出で、この苗木を植えていきました。

植えて3年間ほどの間、苗木は人間の赤子のように手がかかります。水やり、雑草取り、施肥、消毒と、日々目の離せない状態が続き、各事業所の従業員たちが、本来の仕事の傍ら当番制で森の育成を行ったと言います。

1980〜 樹木が育ち、生き物たちが集い始める。

そんな日々を2年、3年と重ねると、樹木は徐々に人がさほど手を入れなくても自らの力で成長できるようになっていきました。そして森に鳥が巣をかけ、小動物が住み着くようになり、ある事業所ではカッコウが鳴き、鳥のふんに混ざっていた種が芽を出し、植えなかったはずの木が育つなど、自然の底力を感じさせました。

そして5年も経つと、従業員たちの間から「四季折々の花が咲いて綺麗だね」「青々とした緑を見ると心が落ち着くね」という声が聞かれるようになりました。

植栽3年目の埼玉製作所狭山工場では、しきわらの中のヒバリの巣に、
かわいいひながかえった。 〔資料提供 佐々木和夫氏〕

ふるさとの森づくり開始当時の埼玉製作所狭山工場。白っぽいしきわらの部分に苗木が植栽されている。

10年後の同位置を写す。苗木は樹高10mを超えて、森のような茂みになってきた。

1990〜 環境保全、地域共生、そして事業活動にも効果をもたらす。

14万本の苗木が植えられ、木々は樹高20メートル近くに成長した。

ふるさとの森づくりが始まって15年が過ぎ、20年を迎える頃、「森」はその名にふさわしい佇まいへと成長しました。数メートルから10数メートルに達した樹木たちは、自然環境の保全ばかりでなく、騒音防止や防塵、防臭など、さまざまな効果をもたらすようになりました。

ある製作所では、地域住民も参加しての環境スクールが実施され、森の育て方について一緒に勉強会を重ね、所内の樹木が付けた実はポット苗で育てられ、地域住民の方々に配られました。ふるさとの森は地域との間に物理的な垣根をつくらないだけでなく、心理的な垣根をつくらないための重要な役割をも果たすようになっていました。

また、Hondaの事業活動そのものにも影響を与えました。機械も木もタイミングのよい手入れが大切。機械や設備に問題が起る前に手を打つ「予防保全」の意識が従業員たちの中に育ったと言います。また排水管理や水の浄化といった自然の保全にシビアになるなど、森を通じた自然とのつきあいが、本来の業務にも活かされることになりました。

2011〜 開始から30数年、“森”が想定外の問題に直面。

2011年から2012年にかけて、Hondaは30 数年を経た“ふるさとの森”の詳細な調査を行いました。その結果明らかになったのは、想定以上に成長した樹木が施設内や敷地外へと張り出して通行を阻害したり、大量の落ち葉を周囲の住宅地に落としたりと、活動開始時には予想できなかった問題に直面しているという事実でした。

Hondaが目指してきた“鎮守の森”が森として安定するには、数百年以上の長い時間が必要です。一方、社会情勢はすさまじい速さで変化を続け、Hondaの事業所周辺では急速な宅地化が進んで交通量も大幅に増加するなど、1970年代には想定できなかった状況が生まれていたのです。

2014〜 「HondaWoods(ホンダウッズ)」の新たな森づくりスタート。

2014年、このままでは“ふるさとの森”は理想の森に近づくことができない。そう考えたHondaは、大きな決断を下しました。それは、従来の「できるだけ手を加えないことで森を守る」という“鎮守の森”の考え方から、「進んで手を入れて育成していくことで、人と共生し、人に恵みをもたらす森を創る」という“里山”の考え方への転換です。

周囲の環境に合わせて計画的に樹木の間伐や若返り(萌芽更新)を図り、適正な樹木はその成長を積極的に促す。そうすることで、現在直面している問題を解決しながら、さらに多種多様な個性と活力があふれる森へと進化させる。そんな考えのもとに、新たな森づくりがスタートしたのは2015年のこと。

生まれ変わる森には、「HondaWoods(ホンダウッズ)」という名前が付けられました。

  • 2015年2月、HondaWoods青山のお披露目会を、青山本社ショールームで実施。

  • 2015年3月、HondaWoods熊本のお披露目を、地元の桜祭りなどに合わせて実施。

  • 2015年8月、浜松の船外機工場のサマーフェスタでHondaWoods浜松をお披露目。