漢字で眼張、もしくは春告魚とも書くメバルは、その名のとおり大きな目が特徴です。釣りのターゲットとしては、冬から春にかけてが盛期。味もよく、堤防などで手軽に釣ることができる人気の魚です。釣りをしない人でも、名前くらいは聞いたことがあるはず。

それほどメジャーな魚でありながら、実は最近まで沿岸部で釣れる身近なメバルが1種類なのか、それともさらに細かく分類されるのかは論争が続いていました。およそ100年もの間続いてきた議論に終止符が打たれたのは2008年のこと。ごく最近まで、この身近な魚の正体はよく分かっていなかったのです。

300年前の書物にメバルは黒と赤の2色ありと記載が……

そもそも身近なメバルが1種類ではないのでは? と考えられてきたのは、その色斑や生態に違いがあったためです。内湾に多いシロメバル、浅い岩礁の藻場に多いアカメバル、深い岩礁帯にいるクロメバルは、色斑の違いもさることながら、生息場所の違いが古くから認識されていました。

アカメバル
背から体側は暗赤色からオレンジ色で腹はやや白っぽい。胸ビレは暗赤色からオレンジ色で、その長さは3種の中で最も長く、先端は肛門の上方を超える(撮影:工藤孝浩)
クロメバル
背から体側は緑がかった黒色で腹は暗い銀色。胸ビレは黒い。3種の中で最も目が小さく、吻が丸く、体高がある
シロメバル
背から体側は暗い金褐色で腹は淡褐色からやや白っぽい。胸ビレは赤褐色から淡褐色。3種の中で腹ビレが最も長く、その先端は肛門を超える。また3種の中では最も内湾的な環境を好むとされる

ちなみに1709年に刊行された、貝原益軒が編纂した『大和本草』には、次のような一文があります。

目バル
目大ナル故名ツク 黒赤二色アリ 小ナルハ四 五寸 大ナルハ一尺二 三寸アリ 食之有益人(中略)
メハル類数品アリ 形状皆カハレリ(後略)

目が大きいためにこの名が付いたことが書かれていますが、気になるのは「黒赤二色アリ」、「メハル類数品アリ 形状皆カハレリ」という記述。もちろん現在のように分類学上の種として分けていたわけではないはずですが、300年以上も前から、メバルには複数のグループがあると考えられていたのかもしれません。

ただし、日本魚類学会会員で『釣魚図鑑』の監修もしている工藤孝浩さんに話を聞くと、『大和本草』に書かれた「赤」メバルは、ウスメバルやトゴットメバルなどのより沖合に棲むメバルの仲間で、「黒」メバルは沿岸性メバル3種をごっちゃにしていたのではないか、とのこと。実際、ウスメバルは薄い赤褐色の体をしており、地域によっては他のメバルと区別するために“アカメバル”と呼びます。なんだかややこしいですね。

こちらは沖合で釣れたウスメバル。赤みがかった色をしており、沿岸性のメバルよりも深い水深40~150mの岩礁域に棲む

DNAを調べる技術が開発され生物分類学は大きく進歩

さて、メバルが3種類に分けられることになったのは、よく聞くようにDNAの調査によってです。DNAとはデオキシリボ核酸のこと。遺伝子情報を持つ物質の名前です。生物は、種によって固有の遺伝子を持っているので、DNAを調べることで遺伝子の違いを把握し、それによって種が異なるのかどうかを調査するわけです。

しかし、ここで疑問に思う人はいないでしょうか? 人間の捜査でもよく「DNA鑑定により……」と書かれたりしますが、DNAの検査は個人の識別に使われることもよくあります。1人ずつ、あるいは1尾ずつ異なるのなら、DNAを調べて遺伝子情報が違ったからといって、種が異なるからなのか、それとも個体差によるものなのか、どのようにして調べるのでしょうか?

ざっくりと説明すると、そのためにはまず多くのサンプルが必要になります。仮にアカメバル、クロメバル、シロメバルをそれぞれ1尾ずつ釣ってきてDNAを調べ、それぞれ異なる遺伝子を持っていたとしても、個体差なのか、種の違いによるものなのか分かりません。多くのサンプルを得ることで、個体によって異なる部分を消去していき、最終的に個体群に特有の遺伝子が見つかれば、ようやくそれぞれの個体群が種として分けられるということになります。

メバル3種類は、外見の違いはごくわずかです。胸ビレの条数が、アカメバルは15本、クロメバルは16本、シロメバルは17本であることが多いのですが、それぞれオーバーラップすることがあるようです。つまり遺伝子を調べる手法が進歩することで、ようやく21世紀になって結論が出たというわけです。

アオリイカも正確には3種、似たような例は今後も出てくるかも?

メバルと同じく、最近になって種が異なることが分かったのがアオリイカ。もともと沖縄などでは、見た目などの違いから3種類に分けていたといいます。日本で古くから使われている伝統漁具・餌木(えぎ)を使った、いわゆるエギングによって釣るのがポピュラーなイカです。

シロイカ型
左がメスで、右がオス。胴部の模様が、横シマになっているのがオスで、メスは水玉模様のように丸くなる
アカイカ型
大きくなるので、釣り人にとっては憧れの存在(撮影:松本賢治)
クワイカ型
3種の中では最も小さい

現在アオリイカは、アカイカ型、シロイカ型、クワイカ型に分けられています。それぞれ生息域などに違いがあります。3種の中で最も大きくなり、釣り人から「レッドモンスター」などと呼ばれているのがアカイカ型。外套背長60cm以上になり、5kgを超えるものも釣られています。主に和歌山県以南の太平洋側に生息。長崎県五島列島などでも見られます。その名のとおり、体色は鮮やかな赤色です。シロイカ型は、3種の中で最も広範囲に生息。最近は北海道の道南でも釣りのターゲットになっています。3種の中で最も小型なのがクワイカ型で、外套背長13cm程度。約150gで成熟します。分布はアカイカとほぼ同じです。サイズが小型であることから、釣りや漁業ではあまり重要視されていなかったため、クワイカ型に関しては未知の部分が多いのが現状です。

釣り人の観察したことが科学の進歩に役立つ可能性もある

科学や技術の進歩が目覚ましい昨今ですが、身近な魚やイカでも、実は分かっていないことがあります。先に書いたように、生物の調査研究には多くのサンプルが必要で、フィールドで観察したことが役に立ちます。実際、釣り人に対して「標識の付いた魚が釣れたら連絡をしてください」といった、標識放流調査への協力依頼がなされることもあります。私たちが水辺で観察したことが、今後の生物学の進歩に役立つかもしれません。チャンスがあれば、ぜひ協力してみてください。

※このコンテンツは、2023年3月の情報をもとに作成しております。最新の情報とは異なる場合がございますのでご了承ください。