山根 和明 氏
月刊『つり人』 編集長
山根 和明 氏
1994年つり人社入社。2006年より月刊『つり人』編集長を務める。渓流釣り、アユ釣り、磯釣り、沖釣り、コイ釣りなどなど四季折々の釣りを楽しむ。コイ釣りニュースタイルマガジン『Carp Fishing』、渓流釣り専門誌『渓流』、トラウトルアー専門誌『鱒の森』編集長を兼務。

解禁日に1万人のアユ釣りファンがやってくる

松尾芭蕉が150日間に及ぶ「おくのほそ道」の全旅程中、最も長期間滞在した町が、栃木県の黒羽町(2005年に大田原市に編入され廃止)です。芭蕉が弟子の曽良とともに数々の句を残したこの「俳句の里」を潤すのが、今や日本一のアユ釣り河川と称される那珂川です。
黒羽の流れ。この辺りは放流も盛んで、多くの釣り人でにぎわいます
黒羽の流れ。この辺りは放流も盛んで、多くの釣り人でにぎわいます
那珂川は(財)日本釣振興会の「天然アユがのぼる100名川」に選出され、アユの漁獲高、ソ上量は日本一といわれています。例年、アユ釣りの解禁日は6月1日になっていて、この日だけでも1万人以上の釣り人が那珂川を訪れます。

川漁文化が色濃く残る

アユは興奮すると魚体が黄色に染まります。特に胸元あたりには追い星と呼ばれる黄色いマークが浮かび上がります
アユは興奮すると魚体が黄色に染まります。特に胸元あたりには追い星と呼ばれる黄色いマークが浮かび上がります
春の到来とともに、5cm程度の大きさで海から川へソ上を始めたアユは、ひたすら上流を目指します。ソ上しながら石に付着した藻類を一心不乱に食んで、すくすくと育ちます。寿命は1年。秋に産卵し一生を終えます。
黒羽地区は太平洋から100km以上の流程がありますが、流れを遮断するダムや大きな堰堤が途中にないため、上流域まで天然アユのソ上が可能になるわけです。しかし、今年は春の寒さの影響か、解禁日にはまだ成長しきっていない魚体が多く見受けられました。数は多いようなので、照り込みが続き、水温が上昇すればアユは一気に大きくなるに違いありません。梅雨明けがとても楽しみです。

アユのほかにもサケサクラマスウナギ、カニ、エビなどさまざまな生き物が太平洋から那珂川にやってきます。特にサケに関していえば、太平洋側ではサケ漁の南限になっています。
近年、我が国では漁業の衰退が懸念されていますが、川漁は消滅寸前といえましょう。しかし、那珂川流域には川漁師も健在で、舟大工もいます。川魚料理を食べさせてくれるお店もあれば、川魚専門の魚屋もあります。我が国には3万本以上の川があるとされますが、これだけの川漁文化が残る川は、ほかではなかなか見つけられません。
流域には、那珂川で捕れた魚を売る店があります。川魚の美味しさを再認識できるはず
流域には、那珂川で捕れた魚を売る店があります。川魚の美味しさを再認識できるはず

友釣りとドブ釣り

先述したように、アユの主食は石に付着した藻類です。良質な藻類が付着する石は、アユにとっていいエサ場になります。そのような場所にアユはナワバリを持ち、侵入者を追い払う習性があります。この習性を利用したのがアユの友釣りです。釣り人はアユがナワバリを持っているだろう石に向かってオトリアユを泳がせます。オトリアユがテリトリーに差し掛かると、野アユは「ここはオレのナワバリだ」と勢いよく体当たりします。オトリアユには掛けバリが忍ばせてあり、体当たりしてきた野アユの背中にハリが掛かるようになっているわけです。

野アユが釣れたら、今度はそれにハナカンを通してオトリにします。釣りあげたばかりの魚は元気がよく、いいぐあいに野アユを挑発します。これに対して、弱ったオトリには野アユはあまり関心を示しません。友釣りの場合は、ポイントよりもテクニックよりもオトリが一番大事ですので、上手な人ほどオトリを丁寧に扱います。
今はアユ釣りというと、大半が友釣りファンになりますが、50年ほど前までは毛バリ釣りのほうが盛んだったそうです。アユの毛バリ釣りは「ドブ釣り」といわれます。ドブとは川の淵のことで、淵に溜まったアユを毛バリで誘う釣りがドブ釣りです。
ドブ釣りに用いるアユ毛バリ。見ているだけで楽しい気分になれます
ドブ釣りに用いるアユ毛バリ。見ているだけで楽しい気分になれます
ドブ釣りに用いるアユ毛バリは、「夕映」、「黒髪」、「八ツ橋」など粋な名が付いたものだけでも実に1000種類以上あるといわれます。釣趣もあり、実に奥深い釣りなのですが、衰退の一途を辿っています。最大の理由は、環境破壊により日本の川々から淵が消えていってしまったからです。

自然豊かな那珂川は、今でもドブ釣りが楽しめる貴重な流れでもあります。今年の解禁も低水温で友釣りファンが苦戦を強いられるなか、ドブ釣りファンは快調に釣っていました。

那珂川のアユ釣りの最盛期は8月です。黄色に体を染めた天然アユが、日々のストレスを吹き飛ばしてくれるに違いありません。
今回ご紹介したエリア
栃木県/那珂川のアユMAP
アクセス
東北自動車道・那須ICから黒磯市内を通り約30分。または西那須野塩原ICから大田原市内を抜けて約30分
※環境省レッドリスト等の掲載種については、法令・条例等で捕獲等が規制されている場合があります。必ず各自治体等の定めるルールに従ってください。