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1995年の生産終了からおよそ7年。NSX-Rが復活を果たしたのは他でもない。NSX開発スタッフに刷り込まれている“熱き走りを求めて止まない”遺伝子が、スタイリングを新たにしたNSXを見て、またむずむずと疼きだしたからだ。 |
それは、新たな空力スタイリングを擁して2001年12月に登場させたNSXの開発に着手してから間もなくのことだった。 テスト車のアクセルをぐっと踏み込んだ上原 繁は、新しいNSXの高速域での加速のよさを実感していた。時速80km/hからの追い越し加速。そして、通常の高速道路では試すことのできない高速域でのアクセルに対する追随性。計測すると最高速度も伸びている。スタイリングを新たにし、まだ空力の開発が途中段階でありながら、NSXは確実に高速でより楽しいクルマとなっていたのだ。 テスト車を降りた上原は、開発担当者の塚本亮司をちらりと見た。塚本は小さくうなずき、固定式となったテスト車のヘッドライトに視線を落とした。何か考えている様子である。 「いいねえ、加速。結構行けるんじゃない?」 「変わりますね。バンパーから下の形を変えただけなんですけどね」 「空力ってすごいね、やっぱり」 そのやり取りを見守っていた空力開発の小澤弘幸とデザインの早内 稔は満足げにうなずいた。そこへチーフテスターの大久保健治がやってきた。 「どうです?まだバランスを煮詰めなければならないけど、速くなりましたよね。高速でコーナーに入った感じもいいですよ」 大久保の静かながらも感情を込めて言いきる言葉に、ついに上原は胸にある思いを言葉にだした。 「またやりたいね」 塚本は声をださずに笑みを浮かべ、上原と大久保を見てうなずく。 「いいですね。思いっきり速いやつをつくりましょう」 何のこと?といった感じで二人を見る大久保の肩を叩きながら上原はいった。 「つくるぞ。タイプRを」 風のほとんどない、気持ちのいいテストコースの路上でそれは決まった。 NSX-R復活。新たな空力スタイリング、3.2リッターエンジン、6速MTのNSXでふたたび圧倒的な速さをめざす開発がはじまったのだ。 家を出て公道を走り、サーキットで圧倒的な速さと感動を味わい、ふたたびそのクルマで帰路に着く。ご存じの通りNSX-Rは、そういう使い方を想定してつくり込まれるマシンである。つまり第一の目標は、サーキットでの速さの追求。そのために一切を割りきり、運動性能を徹底的に尖らせるのだ。Hondaの本領発揮。速さへのあくなき挑戦である。もちろん、衝突安全性と環境性能を割り切るということではない。現にNSXは、安全性を高いレベルで確保。また、平成12年排出ガス規制値に適合する二ツ星の「優-低排出ガス車」の認定を受けている。だからこそ、21世紀になってもなお進化し続けることができるのだ。そうした時代性にも目を向け、妥協をせずに世界第一級の性能を狙うのは、新世代スポーツカーとして誕生したNSXがはじめから持っていたポリシーである。 走りのためにそうした課題から目を逸らしてきた古い価値観のスポーツカーとは一線を画している。だから、NSXの開発スタッフは安全・環境の性能を当たり前のものとして、運動性能の先鋭化に集中できた。 「軽量化は当然。問題は何を速さの武器にするかだ」 軽量化ですべての運動性能は上がる。しかしそれでは、NSX-Rを復活させる意味が希薄だ。生半可な開発でつくったクルマをNSX-Rと呼びたくないというのが、上原をはじめとする開発スタッフの意志だった。 NSXはこれまで、10年以上もの年月をかけ、考え得る進化に着手してきた。これ以上何をいじっても、微少な性能向上に止まる可能性が高かった。さながらNSX-Rの開発は、定められたレギュレーションの元に性能向上を狙うレーシングカーの開発のようだ。 「いや、やることはまだある。空力だよ。今回のスタイリング進化であれだけ高速がよくなったじゃないか」 「空力といっても、リフトを減らしてバランス取ってもね。劇的には…」 「マイナスリフトは?」 「マイナスリフトをつけられますかね。リアはウイングでどうにでもなるけど、フロントはどうやって」 「それより、ドラッグが増えて速くなるかは疑問ですよ」 これはチャレンジに否定的になっているわけではない。それが効果的であるか否かの検討は、その後開発に没頭するための欠かせないステップ。一旦肚を決めると、目標に向かうHondaのパワーは尋常ではない。 「マイナスリフトの実現というと軽いね。達成しているクルマはいくらでもある。でも、それが本当にクルマの速さの質を高めるものかどうか…」 「積極的に使っているとは考えにくいですね」 「単にマイナスリフトを出すだけじゃなくて、それを操縦性の質を高めるために積極的に利用するやり方は、市販のスポーツカーではまだ手付かずといっていい。タイプRで挑む意義は十分にあると思う」 「空力とシャシーとタイヤと一緒になって速さの質を研ぎ澄ます――」 「問題は実現の手段とドラッグだけじゃないか」 立ち塞がる壁を意志の力で矮小化し、蹴散らす勢いでスタートダッシュを決めるのもまたHondaである。 「やろう。マイナスリフトを」 「とにかく性能を出さなきゃ採用しない」という上原の言葉に、アドレナリンが沸き上がるのを感じたのはひとりの若い開発者だった。空力による操縦安定性の研究を行う部署にいる新家祟弘だ。しかし、マイナスリフトまでは考えていなかった。果たして実現できるかは不安だった。横を見ると、空力開発を担当する小澤は虚空を見つめている。しかし彼はいつもそうだ。物静かで、否定的なことを一切言わない。だが、可能性に賭ける取り組みは熱い。頼りになる存在だった。こうしてNSX-Rの開発はスタートした。開発の現場で火がつき、その炎は次第に燃焼温度を高め白熱化した。めざすは、NSX史上最速のサーキットラップタイム。かつてない感動のドライビングプレジャー。徹底的に研ぎ澄ます、Rへの挑戦がまたはじまったのだ。 |
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NSX Press vol.28 2002年5月発行 |