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朝、家を出るとき、フロントノーズからルーフへと立ち上がるエクステリアラインをひとり眺めて唸る。
「なんて美しいラインなんだ…」と、しばし愛車であるタイプS Zeroに見とれるのが日課。毎日、ひとつ胸を焦がして一日のスタートを切るというのだ。何という幸せ者だろう。
原 淳夫氏、39歳。岡山で精神科医を勤める。来年には群馬の実家に帰り、父親の精神科医院を継ぎ今年31歳の弟和隆氏とともに、老人医療へと守備範囲を広げつつある家業を支える予定だ。
こう書くと、恵まれたオーナーの紹介と思われるかも知れない。確かに医者である以上経済的に豊かであることに違いないが、この兄弟オーナー、NSXのためになかなか波瀾に富んだ人生を送っているのだ。
オーナーズ・ミーティングの特別講師を勤める黒澤元治氏からも、彼らの話は聞いていた。

2年で10万キロ乗ったタイプRを、経済的な理由から泣く泣く手放す。
90年。NSX誕生の年に大学を出、研修医をはじめて5年の95年夏。兄はそれまで乗っていたスカイラインR32GT-Rを手放し、生産終了間際のNSX-Rを手にした。アクセルに軽く足を置いただけでグッと回ったエンジンのレスポンスに驚愕。そして、岡山の走りのメッカ、鷲羽山のワインディングでのコーナリングスピードの高さ、群を抜く剛性感と安定感に兄はとことん痺れてしまったのだ。
当時は担当営業で、現在は所長というベルノ岡山のスタッフのNSX-R試乗戦略は見事的中。まだ独身の兄は、貯えた貯金をつぎ込み、少々無理ながらもチャンピオンシップ・ホワイトのRを購入した。実家のある群馬に帰ると、かの有名な赤城山などにも出掛けワインディングを走りまくる。年齢的に多少の抵抗はあるものの、NSX-Rを駆るよろこびに突き動かされ、兄は公道の走りにのめり込んでいった。
一方、とてつもないスポーツカーを携えて帰ってきた兄に刺激され、弟も帰郷のたびに兄のNSX-Rを拝借し走りに走った。兄に比べクールではあるが、NSXの素晴らしさに次第に弟も魅せられていった。
しばらくして兄はオーナーズ・ミーティングの存在を知り参加。そこで再び目からウロコを落とす。ワインディングとは比べものにならない興奮にサーキットで出会ってしまったのだ。今までかなりNSXを乗りこなしていたという自信が、クローズドコースでの限界体験によりもろくも崩れ去った。そのかわり、心おきなく全開するよろこび、感性を総動員してNSXをコントロールするよろこびに出会ったのだ。
そんなとき、学位を取るために再び大学に院生として帰ることになり、研修医としての収入も減少。しかし苦労しながら費用を捻出し、ミーティングには何度も参加し続ける。
そしてミーティングにも何度か同行し、インストラクターの間でも周知の間柄となった女性と念願かなって結婚。NSX-Rを手に入れてから、兄の人生は次々と新たな局面へと進展していった。
幸せな結婚生活が続く。しかし、大学院に通う研修医にとって、結婚してなおNSX-Rを維持していくことは経済的に困難となった。むろんミーティングに参加するなど望外のことである。それでやむなく兄はNSX-Rを手放す決断を下す。
苦渋の決断であった。しかし、自らの楽しみだけで、家族に負担をかけられない。ミーティングを中心に走る楽しさにとりつかれた兄のNSX-Rは、たった2年の所有でありながら、オドメーターは10万キロに達していた。

しかしミーティングの誘惑には勝てず、たまらずインテRを購入。
photo もうこうなると一種の病気かも知れない。精神療法を施す身ながら、自らのドライビングへの欲求は抑制することはできないからだ。
クローズドコースで自らを解き放つミーティングのよろこびを何としてももう一度味わいたい…。そう断じた兄は、数カ月のクルマ所有しない歴を経てインテグラ タイプRにすがりつく。
強硬に反対する妻の制止を振り切り…とはいかずとも、説得に説得を重ね購入。当直にいそしみ費用をひねり出し、今度はインテRのコンセプト・ミーティングへの参加を重ねはじめた。確かに、同じホンダの上原氏が心血を注いだクルマであり、FFとは思えないほど曲がり、速くもあった。
しかし、兄の心のなかではNSXにはかなわなかった。あの剛性感、V6 DOHC VTECの沸き上がるようなエンジン音、官能的なボディライン。兄は、ジャッキアップしたNSXのアンダーフロアに見える、まるで動物の骨のような美しさをたたえるサスペンションアームにまで惚れ込んでいる。 「見ていいと言われたら何時間でも見ていますよ」と豪語するほどである。だからといって、オタク的ではなく、何よりドライビングを愛する。
ブレーキや足回りを心配しながらではなく、サーキットでも安心して走ることができる完成されたNSX。スタイリングもパーツまでも美しいこの日本が誇れるリアルスポーツを、兄は“芸術品”であると称える。そして、インテRに乗りやがて2年になろうかというとき、またもや兄の人生を変えるできごとが起った。

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NSX Press vol.25 2000年9月発行