NSX
ホンダの技術者は、世界一への挑戦と聞くと目の色を変えるという。無理を承知で掲げた目標かいつの間にか達成されるのは、目の色を変えた技術者達が開発の課程で絶対に妥協しないからだ。創始者にはじまる社風といえばそれまでだが、何故かホンダにはそうした人間が集まる。NSXは、世界でも突出した熱き技術者のこだわり満載のスポーツカーである。
人間を中心に考えたはじめてのスポーツカーとして独自の世界を築いたNSX。
世に残る名車は数えきれない。しかしそれらはすべてクルマというハードに熱い情熱を注いでつくり上げたスポーツカーであるといえるだろう。たとえば、フェラーリの名車について語るとき、必ずといっていいほど次のようなセリフがつきまとう。「ステアリングのロックtoロックは3.3回転であり、まず問題はないと思えるが、308を箱詰めの駐車場から出すときはかなりの苦労が必要である…また、クラッチの重さにも悩まされ、室内の騒音は低速走行時ならいざしらず、少しでもスピードを上げると、かなりのレベルでドライバーを悩ませたのである」(「20世紀の名車たち」タツミムック)美しさと性能の究極的な追求のなかで、スポーツカーに乗るドライバーは何がしかの我慢を強いられてきた。それがある種独特の価値観を形成していたことも事実。しかし、ハードとしての性能開発に没頭しながらヒューマンファクターを高度にとり込んでいくのは、並大抵の苦労では達成されないのもまた事実である。つまり、これまでのスポーツカーがやらなかった、あるいはやれなかった新境地に挑んだのがNSXなのだ。 革新的なコンセプトが物議を醸すのは世の常で、NSXも、ある種の危うさをスポーツカーの価値とする旧来のものさしを持った人々からの批判を受けた。リアオーバーハングの長さも、トランク容量の確保のためといった事実に反する噂がひとり歩きしたこともあった。しかし現在、ロングテールのスポーツカーの登場を見るとNSXが、スタビリティ確保のためにリアを伸ばしたことが真実であったと認識されはじめたのではないだろうか。ホンダは、そうした雑音を意に介さず、信念をもってNSXを進化させている。92年のタイプRで軽量化のこだわりのために完全なカーボン仕様のフルバケットシートの採用を決めたとき、レカロ社の担当はあのポルシェでもFRPでOKしたのに…と目を丸くしたという。そうしたこだわりのNSXが99年、官能的とまでいえるエンジンをその性能を確保したまま、環境にやさしいLEVエンジンとした。どこに、先進の排気ガス規制を先取りし、それを大幅に下回ることに挑むピュアスポーツがあるだろうか。何十年かあとに、こうしたスポーツカー史を振り返るものがあればNSXの名は必ずやそこに記されるに違いない。
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NSX Press vol.24 1999年10月発行