入社後、配属はモータースポーツ部門。レースを転戦し、エンジンのデベロップを行う仕事に永長氏は没頭した。何事も勉強。眼前の仕事に全力を尽くす。それが彼の信念である。
F1もやった。F3000もやった。「究極」の世界で、彼はどんどんノウハウを蓄積した。そして'97年シーズン。NSXGTマシンのエンジン開発。自然吸気エンジンでターボ勢に対抗するステージに立つ。
ターボを用いれば、トップエンドパワーだけでなく中間トルクも厚くできるため有利である。しかし、NSXのコンセプトを大切にするGTマシンは「心臓移植」をいさぎよしとしない。NSX
タイプSのエンジンをベースにチューンしたのはご存じの通り。
それでいて、ターボ勢に対抗し得るパフォーマンスが得られたのはNSXのエンジンの素性の良さだと永長氏は言い切る。
「エンジンをいじるとわかるんですが、NSXのエンジンは非常にレース用にチューンしやすいんです。たとえば吸気ポートの形状を変えようとした場合でも、思うように行かないということがない。ブロックの剛性も非常に高いですね。不向きな量産エンジンをレース用にチューンすると、ブロックに割れが起きたりするんですが、NSXはまったくそんな心配はいりません。やはりホンダのエンジンはレースから生まれたんだな…と感じますね」
さらに、ホンダの90度バンクのV6は低重心化にも有利。そして自然吸気はドライバビリティに優れている。ブースト圧無制限のターボ勢の厚い中間トルクはコーナーの立ち上がりに有利だが、アクセルコントロールが難しくなる。その点自然吸気のNSXは、ドライバーの意志に忠実なトルクが得られるためコントロールしやすいのである。これぞまさにオリジナルのNSXが誇りとする思想。それがそのままレース仕様にも当てはまるのだ。
レース仕様とはいえ、エンジンの性能アップの手段に魔法はない。できるだけ多くの空気を採り入れ、高効率で燃焼させ、スムーズに排気させる。回転に関わるフリクションを低減する。そうした取り組みを地道に積み重ねる。ターボという魔法を採り入れる手段はあるが、それを行わないのがNSXのこだわりである。
近道なき剣山への登攀。NSXのオリジナルの思想を大切にしてレーシングカーをつくるという熱き挑戦である。
「まだ、パワーアップのアイデアは出てくる。耐久性は、これからが勝負」と、永長氏は息巻く。そして、たえまなくNSXエンジンの性能アップに取り組み続ける。将来、自分の乗ることのできる理想のスポーツカーをつくるという夢を心に秘めて。究極のハイパワーエンジンをつくる一方で、彼の胸には、いまなおS800が生き続けているのである。
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NSX Press vol.20は1997年9月発行です。
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