NSX in LE MANS

日本のピットで必ず目にする千羽鶴。これは、チーム国光のロゴをデザインした凝ったものだ。世界中のあらゆるところで、多くの人々が勝利に思いをよせるルマン。しかし、その栄光を手にできるのは、選び抜かれた1台のマシンでしかない。 クラッシュのあと、再走に向けて用意された46番のフロントカウル。この時点で完走は無理であるとわかっていながらも、丹念に装着準備を整えるTCPのメカニック。彼が10数時間後のチェッカーと同時に声を上げて泣いたメカニックその人である。
 
自ら「圭市さんとクニさんのつなぎ役としてとにかく走る」と語った飯田章。雨のルマンの怖さはこれまでの経験を超えていた。雨のストレートで時速250キロを超えるNSXを必死にドライブし、さすがに疲れた表情を浮かべる。しかし、1度オーバーランした以外はミスもなく、完璧に走り切った。 この3人は、ルマン後の十勝24時間耐久レースでも優勝を飾った。そこで再び号涙。引き立て役に回る国光を、土屋と飯田がもり立てようと頑張る。その結束力が結果を生んでいる。勝利の裏には、冷静にレースに立ち向かう努力があるのだろうが、涙なしでは語れないチームである。
 
84番のエキゾーストトラブルは、前日乗せ換えたブランニューエンジンと形状面での不整合から起きた。森脇監督は、「他は一切問題ないが、エキゾーストだけはいつブレークするかわからない爆弾を抱えて走っていると認識して欲しい」と国光に語っていたのだ。 F-1にも参戦しているベルトラン・ガショーとイワン・カペリ。トップフォーミュラの戦士が、速さを狙ったNSXターボでどのような走りを見せてくれるか注目されるところだった。が、予選、決勝あわせ、ついに47番のステアリングを握る機会は訪れなかった。
 
予選も満足に走れないまま、はじめてのルマンに突入。服部尚貴は、最後まで笑顔を崩さなかったが、ふと周囲の視線がはずれると歯噛みする苦悶の表情を浮かべた。世界をめざしはじめた彼にとって、このルマンは自らの存在感をアピールする闘いの場でもあったのだ。 決勝当日のウォームアッププランに臨むべく給油を受ける47番のNSX。この日ターボ車は実に快調に見えた。ドライバーやスタッフの顔も明るい。パレードでもその勇猛な姿を観衆にアピールした。スタートまでのカウントダウンに盛り上がりを見せた一瞬である。
 
ヘルメットをかぶって立ち尽くすことが多かった今回の服部。ドライバーとしてはつらい一瞬である。しかし70年におよぶルマンの歴史の中で、彼のように胸を熱くしなら、自らの努力でその炎を鎮火させねばならなかったドライバーは数限りないだろう。 24時間ピットにいるとマシンとクルーが一体になっていることに気づく。マシンが疲れるとクルーがテキパキと細かなメンテナンスをして息吹を吹き込む。一方でクルーが疲れると、不思議とマシンが見事な闘いを演じてクルーを元気づけるのだ。
 
3時間にわたるまさに全力の走り。タイムを、順位を上げるのは俺の役目だ…という強烈な責任感から生まれる土屋圭市の気迫は、自身の肉体を責めたてた。しかし、雨のルマン、スリッピーな路面でのマシンコントロールは絶妙というべきものだった。 足を止めた第1シケインからTCPホンダのガレージ裏に運ばれた47番のNSX。イグニションキーを回せば、すぐにでもV6 3000cc DOHCツインターボエンジンは咆哮を上げることができる。しかしそれだけでは走ることができない。コースを疾走するマシンのエキゾーストは、ここでもはっきりと聴こえた。


     

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NSX Press vol.16は1995年8月発行です。