NSXの夢は、これからはじまる。

5月中旬、ルマン・テストデイのあと、ケルンの外れに訪ねたクレマー本社は想像よりもずっと小ぢんまりとしたたたずまいで、少々肩すかしをくらったような気がした。表通りに面したエントランスには、HONDAの文字が描かれた真新しい看板が目につくものの、フェラーリF40や古いオースティン・ヒーリーをディスプレイしたショールームの裏手に隠れたレースカーショップの方は、まだ単にPORSCHEの文字があるのみだ。しかしほどなくして、表通りに巨大なクレマーのトランスポーターが2台やって来たのに気づいた。テストデイのチェックを終えてルマンから帰り着いたばかりの真新しいトランスポーターである。その巨体をさらに大きく見せる純白のカーゴルームにはすでにPORSCHEの文字はなく、KREMER HONDA RACINGのロゴのみが誇らしげにペイントされていた。
小ぎれいなワークショップがさほど広くないことも意外だが、現在のスタッフが2人のクレマー自身を含めても18人に過ぎないことにも驚かされる。何人かは外出中とのことで残された職人たちは10名足らずだったが、その年齢層が高いことはさらに意外に思える。一般に“レース屋”を目指すエンジニアは洋の東西を問わず大半を若い人々で占められていることが多いものなのだが、ここは明らかに違うのである。経験に経験を積んだまさにベテランと呼ばれるべきスタッフだけで構成された集団のようなのである。今年、兄のウーヴィンは57才、マンフレートは55才になるが、すでに12年間にわたってここでチーフエンジニアを務めてきたギュンター・ティーレもすでに50の大台を迎えた“マイスター”である。レーシングエンジンの何たるかを知り尽くしたこのティーレ氏、NSXのコンパクトなV6ユニットを前にして言葉少なにこう語ってくれた。
『長年にわたって関わってきたポルシェと対比するように、ホンダはすべてが新しい。設計そのもの、いや、さらにその根底にある理念からしてすでに新しい。それゆえに興味は尽きないところだが、もちろんそれだけではなく、高度に科学的に裏づけされた信頼性も充分に高いことを実感した。信頼性とはもちろん耐久性のことであり、必ずルマンを走り切ってくれるものと信じている。今年は小手調べに終わるだろうが、来シーズン以降、このマシンで闘うルマンが楽しみだ…』。


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NSX Press vol.14は1994年8月発行です。