夢の24時間

吉田

ピットの真上に設けられたガラス張りのプレスルームの窓際の席から腰を浮かし、額をガラスにくっつけるようにしてホームストレートを望む僕の目の前を、まずグループCカーや、それをベースにした名ばかりのGT、さらにこれも素直にGTとは呼び難いIMSA・GTSなどの一団が、最初の1ラップを終えて素晴らしいスピードで走り去っていく。そしてその後方から、いよいよ僕の待ち望んでいた正真正銘のGTたちがやってきた。
フェラーリF40、キャラウェイ・コーヴェット、ブガッティEB110S、フェラーリ348LM、ポルシェ911RSR、ヴェンチュリLM、アルピーヌA610、ロータス・エスプリ・ターボ、ダッジ・ヴァイパー、デ・トマゾ・パンテーラ…。
その中にはもちろん、3台の赤いホンダNSXの姿もあった。しかも、雲ひとつなく晴れ渡った初夏のルマンを、ノーマルより一段とレーシーな衣装をまとい、3000ccV6、VTECパワーの爆音も高らかに駆けるレーシングNSXの姿は、実に精悍で、しかも繊細に見えた。
市販GTカーを主役にした1994年ルマン24時間が、いよいよスタートしたのである。
1960年までのスポーツカーの大半がそうだったように、また、偉大なるライバルであるポルシェ911が常にそうしてきたように、レースを戦うことによって自らを磨き、かつ伝説を生み出していくことがスポーツカーとして一流になるための重要な条件だと、僕は考えてきた。だからNSXがデビューした時にも、かつてS600やS800を積極的にレーシングフィールドに送り込んだ実績を持つホンダにそれを期待したし、ましてやタイプRが出現するに至って、そういった僕の思いはますます大きくなってきたのだった。
その望みがルマンという舞台で実現することになったのだから、これはこの目で見ておかぬわけにはいかない。
周知のとおり、クレマー・レーシングからエンターされた3台のNSXは、3台とも24時間を走り切って、見事にデビュー戦の完走を果たした。だがしかし、いずれのクルマも専用のミッション系にトラブルが発生し、長いピット作業を強いられたために遅れをとり、最終的にはGT2クラスの6、7、9位という戦績に甘んじることになったのもまた事実だった。
けれども光明は見えた。NSXのラップタイムは、同クラスのポルシェやフェラーリやアルピーヌより明らかに速かったのだ。つまりNSXには、レーシングGTとしての資質が十分に備わっていたということである。だからあとは、あのポルシェのような逞しさを身につければいい。とはいっても、それは口で言うほど簡単なことではなかろうが、しかしそれこそが、スポーツカーをレースで研くということに他ならないはずだ。
その結果、いつかルマンで最初のチェッカーを受ける日が来れば、NSXはもう、スポーツカーとして超一流だといっていい。


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NSX Press vol.14は1994年8月発行です。