スポーツカー乗りの頂点

1周13.6キロのコースは、本当に美しいフランスののどかな田舎道だった。乗用車コースを視察したときは本当にそう思った。しかし、レースカーでコンペティション・ドライブをすると、がらりとルマンの表情は一転する。緩く曲がりながら続く森の中の高速コースは、走りはじめは息もできないほどスペクタクル。アクセルを踏む右足の力がどうしても緩む。グランドスタンド前を5速で通過するとダンロップ・シケインが現われる。緩い右コーナーを、ブレーキングしながら3速へシフトダウン。左、右と続くタイトシケインをできるだけスピードを落とさず走らなければならない。
今回、ルマン・スペシャルの駆動系は耐久力にやや不安があったため、コースサイドの縁石にタイヤが接触しないように丁寧にラインを取らなければならなかった。スピンはおろか、サスペンションに大きなストレスをかけないように走る。
ダンロップ・シケインを立ち上がるとすぐに4速、5速へシフトアップし、その先のS字コーナーは4速でコーナリング。テルトル・ルージュの右コーナーを過ぎると、いよいよユーノディエール。
6キロにもおよぶ直線に出る。2か所のシケインでフルブレーキングをし、3速で通過。シケインの直前で6速8200回転に到達するNSXは、およそ275km/hのスピードをマークする。GT2クラスのマシンでは、むしろこのストレートはドライバーにとって楽だ。一昔前まで、700馬力近いマシンで400km/hのスピードでこの6キロの直線を走っていたことを考えるとゾッとする。死を間近に感じるストレートであったに違いない。

狭いコクピットで感じることは、とにかく高速コーナーの多いルマンのコースをいかに正確にドライブするかということだ。通常のサーキットのような大きな横Gを感じるコーナーは、ポルシェコーナーと呼ばれるS字くらい。ほとんどが加速Gと減速Gが主役となる。
高速でのNSXの操縦性はパーフェクトに近い。ミッドシップ・レイアウトにありがちなオーバーステアもなく、まったくといっていいほど不安はなかった。ただ、ドライバーとしてはミュルサンヌに進入する際の超高速ブレーキ、そしてインディアナポリスコーナーでの超高速旋回ブレーキングアプローチだけは、1回ルマンに出場しただけでは攻めきれなかった。乗用車でコースを視察したときは緩い右コーナーに見えたが、実際275km/hで進入すると、まるで右直角コーナーに見えてしまう。

夜になると視界は一気に狭められ、より緊張感が高まった。が、外気と路面温度が低くなるため、ドライバーの体力とマシンにとっては都合がいい。だから、暗ささえ克服すればラップタイムは速くなる。実際、僕のNSXは、夜になるとそれまでのトラブルが嘘のように快調に走り続けた。パートナーとドライバー交代し、次の乗車順番が来るまで軽い休息をとる。リレハンメル・オリンピックに参加したスイスチームのスポーツドクターが、僕らのボディトリートメントを手助けしてくれた。彼の作ったプログラム通りに消化のよい食事と休息をとった。そして、嘘のように疲れをとってくれるスポーツストレッチを受けたおかげで体力的にはベストコンディションを24時間維持できた。

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NSX Press vol.14は1994年8月発行です。