真紅のディスクパッド−GPパッド開発ストーリー
ブレーキを強化するには、ローターをより強力に制動する、摩擦力の高いパッドを採用すべき…と信じている方が多いかもしれない。しかし、ブレーキ強化のメカニズムはそれほど単純ではない。
たとえば、前後ともに制動力を強化したパッドをNSXに装着した場合、確実にフロントが効きすぎ、コーナーの入り口などでアンダーが強くなったり、制動姿勢が乱れてしまう。結果的に制動距離は伸びる。たとえABSを装着していても、それは同じである。バランスに変化はない。
また、高速域からの制動力強化を狙って開発したパッドと称するものでも、通常速度からのパニックブレーキが強力であるかは、実車に装着してテストしなければわからない。それは、温度や速度などの条件によりパッドの摩擦力が生き物のように変化するからだ。

レースの場合を考えれば理解しやすいだろう。筑波で優れた性能を発揮したものでも、鈴鹿の高速条件ではまったく使えないパッドになってしまう。コースが違い、速度が違うため、パッドの制動力変化パターンがまったく違うからだ。

つまり、高速からの効き、通常速度での効き、走り込んでパッドが高温になってからの効きはまったく別の性能といってもよく、そうした効きのバランスを、素材の配合バランスを工夫しながら探求していく。そしてさらに、前後の効きのバランスも取らなければならない…。
これらの項目すべてをクリアするには、当然ながらテストを行なうクルマが必要となる。つまり、タイヤ同様、ブレーキパッドも専用のスペックでなければ真の高性能は求められないのだ。単純に摩擦力の高いパッドに交換するだけでは問題は解決しない。

今回、タイプRのために開発した「GPパッド」の狙いは、サーキットでのスポーツ走行において、より強力な制動性能を発揮させることであった。
これまで、使用していたオリジナルNSXのブレーキも、通常走行からスポーツ走行−最大時速270kmからの制動(もちろんテスト上の速度)−までをカバーしながら、鳴きや耐久性も十分に満足させるという難問を克服して生まれたシステムであり、タイプRに適用しても、軽量化とブレーキ周りの冷却性向上によって十分な制動性能を発揮していた。
通常のオールラウンドパッドとしては、これが限界であった。したがって、これ以上の性能アップを狙うなら、ある程度、制動力向上に性能を偏らせるという決断が必要だった。そこで、走りにおいて際立つ性能を求めたタイプRのために、新たなパッドを開発することになったのだ。

next

NSX Pressの目次へNSX Press Vol.13の目次へ

NSX Press vol.13 1994年3月発行