 |
翌8月29日。未練がましい雲が上空を徘徊し続けているが、雨は上がった。コースも、前座レースが展開されるうちに乾きはじめ、ドライセッティングで闘える空気が濃厚となった。ザイケルのテントを出る前に、NSXに装着されたタイヤはウェットのままだったが、コースに押されていくNSXは、グリッドに着かずに急いでピットに向かい、スリックを身につけた。右コーナーがほとんどのザルツブルクリングで闘う常識として、左側が多少コンパウンドの固いものにされているはずだった。ついで、可変式に改良されたテールスポイラーは、ダウンフォースを減らすために、オリジナルの角度まで戻された。グリッドについたNSXは、進行方向に対して右側のレーン、前から6番目の位置につく。誰も早まらず、また遅れもしなかった。鮮やかに切られたスタートの直後、全車はほとんどポジションを違えることなく、第一コーナーであるヘアピンへ飛び込んだ。先頭を走るM3は、エキゾーストがひときわ大きい。マッチョマン的な参加マシンのなかにあり、流麗なボディラインで目を引くNSXは、コーナーを見事にかわしてはいくものの、長い直線でどうしても詰められてしまう。思うようなバトルができない。ハーネの心中は穏やかではなかったであろう。これまでの5戦とは、何かが違うと叫んでいたに違いない。それも、自身ではなく、周囲が違うと。しかし、苦戦を強いられながらも、じりじりとポジションを上げていく。ポルシェ・カレラRSRとはほぼ互角の勝負だった。赤いNSXのマシンが、怒りに震えているのがわかった。コーナーリングのたびに叫びを上げるのは、V6のエンジンとタイヤだけではなかった。 ポルシェとはバトルを演じているが、M3は独り離れていく。今年のF-1グランプリでの、セナにも似た焦燥感に、ハーネだけでなく、メカニックやサポーターすべてがつつまれた。そして、得たポジションは9位である。走りを見るかぎりでは、上々の結果であった。
終盤、2台のM3のうち後ろを走るニッセンは次第に離されていき、エンジンから異音を発しはじめテールパイプからはオイルを吹き出し、背後のポルシェ・カレラRSRのウインドを汚してトップのM3にマージンを与えたとはいえ、その速さは目を見張るほどだった。イーブンのポイント争いを、一歩先んじたのは彼らだった。NSXの結果は不本意なものだったが、スペクテイターとしてはレースを楽しめた。しかし、ハーネの顔は渋い。当然である。勝っても負けてもレースは面白いなどという言葉は、見る側のものである。抜きつ抜かれつのデッドヒートは、敗者の苦汁を味わうことを恐れる執念の賜物である。そして、その執念がスポーツカーを進化させてきたのだ。
|