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第6戦ザルツブルクリンク

ザルツブルクリンクは、サウンド・オブ・ミュージックの舞台にもなったオーストリア・アルプスの山麓にあり、周囲を緑に囲まれた美しいサーキットである。観客席は山の斜面から見下ろす位置にあり、闘い演じるマシンが手にとるように見える。谷間にこだまするエキゾースト・サウンドは、たった山ひとつ隔てただけであるが、車で15分と離れていないザルツブルクの街にはまったく聞こえない。1ラップ4.24kmのコースは、2本の直線の一端をヘアピンカーブで結び、一方は高速コーナーとそれに続くスプーン状のコーナーの立ち上がりにS字を描く複合コーナーを連続させた、比較的単純な、どちらかと言えば高速型のサーキットである。
レース前日の予選は、サーキットを囲む山々の緑を引き立て、万物に生気を与えてくれる雨だった。だがドライバーにとっては余計な天の恵みである。技術サポートを行なうホンダR&Dの担当者に聞くと、こんなひどい雨は(NSXでは)経験がないのでどうなるかわからない、と肩をすくめる…。
ヨコハマゴムのタイヤサポーターはハーネのNSXにもチェコットのBMWにも、両方へタイヤを供給する立場にあり、前日までのドライ用も含めすでにデータは採れており、担当者は余裕しゃくしゃくである。3種あるうちのどのコンパウンドのタイヤを使うか、タイヤ圧は状況に応じていくつにするのか…ということはすでにアドバイス済みであるという。ちなみにA-005というヨコハマ製レーシングタイヤは、NSXの場合フロントは230/640 R18、リアは260/655 R18サイズで、タイヤ内圧はコールドで1.5〜1.6kg/cm3にあわせ、ホットでは2.2kg/cm3くらいまで上昇させて使用する。タイヤもそのものはNSX用もBMW用も同じものだという。特に個別のチューンは施されていない。
10時と14時半からと2回行なわれたプラクティスでは、チェコットのM3が断然トップ。ラップタイムはウェットにもかかわらず1'29"83とドライを思わせる数字を叩き出し、予選2位の同僚クリス・ニッセンの駆るM3にコンマ69の差をつけている。どうしてこれほどまでに速いのか…。NSXはと言えば、ライバルに2秒91の遅れをとり、12位に甘んじている。ハーネは、“もっとパワーを!”と、技術サポートのホンダR&Dの面々に向かってまくしたてている。しかし、メカニックに言わせれば、325馬力はちゃんと出ているはずで、ライバルのあの速さはなんなんだ、ということになる。ニールセンは前回のニュルブルクリンクでエンジンを壊し、今回は栃木からの部品待ちという状態で欠場。2台分のメカニック達は、総力を挙げてハーネのマシンをメンテナンスする。ブレーキローターはバフ掛けしてピカピカに磨く。パッドは新品に交換。ギアボックスを下ろしてギアレシオをいじる。3枚あるクラッチプレートも交換。エンジンはコンプレッションをチェックし、CPU-ROMも完全なるチューンを施した最終品に交換する。タイヤは装着せずに、ステアリングホイールにBremsklotze VAneu(ブレーキパッド・フロント・新品)−と書き込んだ紙が貼り付けられた…。最善の努力が払われ、間違いなくトップを快走するであろうポテンシャルがNSXに吹き込まれたのである。しかし、無情の雨は、その間も休みなく降り続けていた。
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