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アジアの旋風

第6回Rd16〜Rd18・そして、新たな挑戦へ

波瀾万丈の出来事が続いた2013年シーズンも大詰めを迎え、IDEMITSU Honda Team Asiaのアズラン・シャー・カマルザマンのホームグランプリとなったマレーシアGPを終え、チームの面々は次なる戦いの舞台、南半球のオーストラリアへと向かいました。

戦いの舞台となるフィリップアイランド・サーキットは、オーストラリア大陸のほぼ最南端に位置しており、毎年10月後半〜11月前半に開催されるレースは真冬のような温度条件になることでも知られています。南極方向から吹く冷たい強風や、海際に面したサーキットの地理的特性から、コロコロと変わる気象状況にチームの総合力でどう対応するかが勝負を大きく左右します。

しかし、今年は例年になく安定した天候でレースウイークが推移していきました。それでも冷たい風は例年同様に強く吹きつけ、当地を初めて経験するチームとアズランにとって困難なコンディションになりました。ウイーク初日の金曜日は総合26番手、土曜日の予選では29番手という厳しい位置からのスタートを余儀なくされました。

ところで、今年のフィリップアイランド・サーキットは路面が再舗装されて、グリップが今まで以上に向上していました。タイヤメーカーもそれを想定したコンパウンドを準備してレースに備えましたが、路面のグリップ力はその想定を大きく上回っており、Moto2クラスのどの選手も、タイヤの摩耗は想像以上に激しいものになりました。レースディレクションとタイヤメーカーが安全性を配慮して協議を行った結果、日曜日の決勝レースは当初の予定よりも短い全13周で行われることになりました。

現地時間の午後2時20分に始まったレースでは、多くの選手がこの短期決戦を一気に制そうとあわただしい展開になり、何名もの選手が転倒を喫しました。アズランはそのような周囲の状況に翻ろうされることもなく、周回ごとに着々と順位を上げていき、最後はスタート時のグリッドから大きく順位を上げて19位でチェッカー。目標としていたポイント獲得はなりませんでしたが、確実に最後まで走りきって激戦のMoto2クラスでさらに経験を重ね、貴重なデータをチームへフィードバックしました。

「いいセットアップを見つけてコースを攻略することに多少手間取りましたが、レースを完走できたのはよかったと思います」

そう話しながら、アズランは悔しさの中にもやや安堵の表情を見せました。

「目標にしていたトップ15に入れなかったのは残念ですが、チームがマシンを仕上げてくれたので、ほかの選手たちといいバトルを楽しむことができました。次週はチームの地元、日本でのレースです。ツインリンクもてぎは走行経験がありますので、是非とも今回以上のいい結果を残したいと思います」

チーム監督の岡田忠之は、外的な環境面での厳しい条件をクリアしなければならなかったオーストラリアGPでは「精神面の大きな収穫があった」と振り返りました。

「レースウイークを通して風の影響が強く、このような風の中を走るのは初めてだったことも関係して、環境の違いに戸惑ってやや集中力を欠いてしまったことは、今回の大きな反省材料です。決勝レースでは、ポイントを狙える位置にいたにもかかわらず、残念ながらそれを逃してしまいました。各セッションでアベレージタイムをキープした上でセットアップを積み上げていく過程の大切さを、ライダーのアズラン自身が痛感しており、今回の結果に対しても非常に悔しがっていました。今回のレースでは、その悔しさを本人がしっかりと自覚でき、モチベーションを高く保つことの大切さを本人が認識したのは、なによりの収穫といっていいでしょう」

オーストラリアGPから連戦の日本GPは、季節外れの台風襲来とそれに続く悪天候の影響で、週末のレーススケジュール全体が大きな変更を余儀なくされました。金曜日のセッションは全クラスの走行が中止。続く土曜日も、午後になってようやく走行が可能なコンディションになるという、極めて珍しい状況となりました。

限られた走行時間で、コースを攻略しながらセットアップも煮詰めていかなければならない難しい状況の予選は、ウエットコンディションで始まりました。時間の経過とともに路面は少しずつ乾いていき、アズランは日曜日の決勝に向けて、27番グリッドを獲得しました。

日曜日のツインリンクもてぎは、前日までの2日間がうそのようにすっきりとした秋晴れの好天に恵まれました。今回のMoto2クラスは、ワイルドカード勢も含めて30台を超えるマシンが争う大激戦です。スタート直後にはアグレッシブな順位争いが繰り広げられて、2コーナー出口で複数台のマシンが絡むマルチクラッシュが発生しました。幸いにも、深刻なケガを負った選手はいませんでしたが、このアクシデントによりレースは赤旗中断。レース進行が仕切り直しとなり、最初の予定よりも8周少ない15周で争われることになりました。

オリジナルグリッドで再スタートしたレースでは、アズランは周回ごとに前をいく選手を着実にオーバーテイクし、着実に一つずつポジションを上げていきました。しかし、その矢先の7周目、バックストレートエンドの90度コーナーで運悪く転倒を喫してしまいました。

マシンを引き起こしてレースに復帰したときには、すでに集団から離れた最後尾でしたが、そのあともアズランは少しでも前との距離を詰めるべく、転倒前に匹敵するラップタイムで走行を続け、23位でチェッカーを受けました。

ただ、レース後のアズランは、さすがにがっかりした表情を隠しきれません。

「決勝はいいフィーリングで走行していて、もっと順位を上げていこうとした矢先に11コーナー(90度コーナー)でクラッシュしてしまったので、とても残念です。決勝レースまでに、もう少しドライコンディションで走り込む時間があれば、もっと違った結果になっていたかもしれませんが……。気持ちを切り替えて、次のバレンシアに臨みます。最終戦なので、次こそいいポジションで終えられるようにがんばります」

そしていよいよシーズン最終戦、バレンシアGPを迎えました。シーズン4度目となるスペインでの開催ですが、モータースポーツ人気の高いスペインでは、金曜のフリープラクティスから大勢のレースファンが観戦に訪れ、土曜日の予選は7万人を超す動員数でした。

今回のレースもアズランにとっては初体験の地で、コースの習熟と攻略というところから走行が始まりましたが、土曜日の予選ではトップと2.279秒差のラップタイムまで詰め寄りました。

「セットアップに関してはまだいろいろと模索中ですが、セッションごとに少しずつよくなって、コースに慣れてラインも分かってきました。決勝は周回数の多いレースになりますので、タイヤのライフも考慮しなくてはなりません。ブレーキングのスタビリティーやコーナー立ち上がり、切り返しなど、検討しなければならない項目はまだ多くありますが、明日はシーズン最後のレースですので、いい内容のレースをして走りきり、可能な限り上位のポジションで終えたいと思います」

このようにアズランはシーズン最後の決勝レースに向けた抱負を語りました。

11月10日。シーズン最後の戦いが行われる日曜日は、10万人を超す来場数を記録し、バレンシア・サーキットは満員になりました。

27周という長丁場のレースで、28番グリッドからスタートしたアズランは、25位でチェッカーフラッグを受けました。

「タフなレースでしたが、転倒も負傷もなく終えることができました。レースに向けていいセットアップを仕上げてくれたチームにとても感謝しています」

そう語るアズランは、自らが参戦したサンマリノGP以来の6戦について、「レースごとに少しずつ自信を深め、経験を積み重ねてくることができました。Moto2のマシンやセットアップの考え方など、この6戦で本当に多くのことを学ぶことができたと思います」と振り返りました。

「来年に関して現状では未定ですが、自分としてはこの調子で多くの物事をもっと吸収して学びながら、チャンスに恵まれれば来年も参戦したいと願っています」

チーム監督の岡田は、「なにもかもが初めての挑戦だった2013年シーズンは、反省と収穫の一年だった」と話します。

「Moto2クラスは激戦クラスで、初年度が厳しい戦いになることは覚悟していましたが、ポイントを獲得できなかったことはとても残念です。しかし、同時にこの悔しさは、チーム全員とライダーにとっても大きな糧になりました」

そして、2014年の参戦体制についてはこう説明しました。

「アジアライダーの育成という意味では、アズランが一番可能性を持っています。厳しいシーズンながら、彼を起用したことでアジアの方々にもアピールできたのではないかと思います。今は、今年の経験を来年につなげていく方向で検討をしています」

2013年シーズンのMoto2クラスの全17戦を終え、来季に向けた合同テストが11月14日(木)と15日(金)の2日間、スペイン南端のヘレス・サーキットで行われました。IDEMITSU Honda Team Asiaも、2014年を見据えたKALEXのシャシーとブレンボのブレーキ、オーリンズのサスペンションというパッケージで参加しました。ライダーはアズランに加え、新たに日本人選手の中上貴晶がItaltrans Racing Teamから移籍する形でテストに加わりました。

中上は2012年からMoto2に参戦を開始し、クラス2年目の今年は3度のポールポジション獲得を含め、5戦で表彰台に登壇。優勝候補の一角として大きな注目を集めました。2014年こそ飛躍の年と思い定める中上は、来るべきシーズンに向けた決意を次のように語ります。

「来季はもちろんチャンピオンしか考えていません。Moto2クラス1年目は初めて尽くしでいろいろと苦しいこともありましたが、2年目にはその経験をしっかりと生かしていい結果も残せました。2012年と2013年に、たくさんのことを学ばせてくれたItaltrans Racing Teamには、本当に感謝をしています。そこで培った経験をバネにして、来季は自分にとってMoto2クラス最後のシーズンにするつもりで臨みます。自分にしっかりプレッシャーを与え、チャンピオンを獲得するという強い気持ちでがんばります」

世界最高峰の選手権で、頂点を目指して挑戦を開始したIDEMITSU Honda Team Asiaは、厳しい洗礼を受けながらも着実に経験を蓄積して、1年目の戦いを終えました。2年目の2014年は、岡田忠之監督の陣頭指揮のもと、中上貴晶とアズラン・シャー・カマルザマンというアジア最強の布陣で大きな飛躍を目指します。

「来年の目標は結果を出しにいくこと。2014年は、チャンピオンをとりにいきます」

意志に満ちた表情でそう断言する岡田監督のもと、IDEMITSU Honda Team Asiaは新たな戦いへ向け、すでに疾走を開始しています。