開発ファクトリー潜入[エンジン]

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そう語る佐藤さんと、吉木さんに、来たる2012年シーズンにかける想いを聞いてみた。
「ストーナーにタイトル防衛をかけて頑張ってもらいたいと思っていますし、もちろん、Honda勢のライダーには全員頑張って欲しい。……でも、個人的にはペドロサに今年こそチャンピオン獲ってほしいと思いますね」
その言葉に、吉木さんも静かに頷く。
「彼は、全身がセンサーなんじゃないかというほど、バイクに対する要求の高いライダーです。ひとことで言うなら『うるさい』ライダーですね。けれど、彼のおかげで、ずいぶんとたくさんのノウハウを蓄積できたのです。ストーナーも同じくらい『うるさい』かもしれないけれど、ペドロサとのつきあいで得たノウハウがなければ、要望に応えることはできなかったと思います」
2011年、ペドロサは運に恵まれなかったこともあり、最終的にチャンピオンを獲得したのはストーナーだった。だが、長年にわたってともに戦ってきたペドロサへの想いは熱い。2人は、異口同音にこう語った。
「どんなに『うるさい』リクエストがあっても、それに応えられるものをつくるから、ぜひ今年こそはチャンピオンになってほしいと思っています。HRCの皆で丹誠込めてつくりあげたRC213Vで」

「溶接」は50時間のレースだ

こうして設計された車体を、一本一本手作業で最終的にかたちにするのは、これまでに100本以上にも及ぶレーシングマシンのフレーム製作を手がけてきたベテラン、山崎さんだ。その言葉を聞くと、我々がテレビや雑誌などで目にしているRC-Vシリーズのフレームが、いかに高度な「職人技」によって生み出されているのかがわかる。
「アルミは熱伝導効率がよいため、最短時間で溶接を済ませないと、見た目が美しくなくなるばかりか、場合によっては熱くなった部分と冷たい部分との温度差から、無用な歪みをつくってしまうことにもつながりかねません。どのタイミングで溶接棒を入れるのかが重要になるわけですが、それは経験を積むと『金属の表面』が語りかけてくれるようになります」

こうして目の前に置かれているフレームだが、もともとはバラバラの状態で製造され、熱によって部材同士を接合する「溶接」という工程を経て、完成形へと至る。
「心身のコントロールが何よりも大事な仕事です。細かい部分の溶接をするときには、腕がぶれてしまわないように、息を止めます。まばたきもしたくないし、できることなら、このときばかりは心臓も止めてしまいたいと思うくらいですよ」
その言葉を聞きながら考えたのは、溶接もまた「レース」のようなものなのだ、ということだ。精神を集中させ、場合によっては山崎さんのように息を止め、指先までを正確にコントロールしながら、目の前にあるひとつひとつのコーナーをクリアする──。
1台分のフレームを完成させるまでにかかる時間は、およそ50時間だという。ことによると、レーシングライダーよりもずっとハードなレースを戦っているのかもしれない。

美しくなければHondaのレーシングマシンじゃない

レーシングマシンは市販車とは違う。ユーザーに「持つ喜び」を感じてもらう必要はなく、ライダーが思いのままに操ることができるようにすることが何よりも大事だ。
だが、山崎さんはそれだけではよしとしない。「美しさ」にこだわる。
「Hondaのレーシングマシンは、美しくなければいけません。まず、ライダーに安心して乗ってもらいたい。それに、テレビカメラに写り、写真も撮られます。もし、フレームが美しくなかったとしたら『Hondaがレースにかける力は、そんなものなのか』と思われてしまいます。そんなのは嫌ですからね」

Honda陣営のフレーム全てを山崎さん一人で製作することはできないため、何人かで分担して作業をすることになるが、山崎さんがこの「レーシングマシンの溶接」という仕事を任せられるパートナーは、そう多くないという。
「さきほどもお話ししたように、熟練が必要だからです。機能としては問題なくても、美しく仕上げられるかどうかは経験がものを言います。この仕事に携わって長いですが、私自身『100点だ!』と言えるフレームをつくることができたことは、まだありません。そのくらい、奥の深い仕事です」
だが、山崎さんのもとで、Hondaのレーシングマシンづくりの心と技を磨き続ける開発者たちは、着実に育ちつつあるという。
「最高のレーシングマシンをライダーに届けたい。開発陣全員が心に抱いている想いをかたちとして表し、ライダーに、そしてレースファンに伝えることができるのは、我々しかいません。その想いは、この工程に関わるスタッフ全員で共有できていますし、最近は若手の成長も著しい。最近は私が手がけたものか、それとも若手の手がけたものか、見分けがつかないほどのものもあります。レーシングマシンの進化と同じく、『ゴール』はありません。若いスタッフに負けないよう、私もずっと心と技を磨き続けるだけです」

RC-Vシリーズは、全体のプロポーションはもちろんのこと、各部のパーツや細部の仕上げまでが美しい。勝利だけを求めて走るライダー、ライダーの想いに応えるべく、技術を磨き続ける開発スタッフ、それを最終的な「かたち」に仕上げるスタッフ……そのすべてが渾然一体となって生み出されるかたち。それが、RC-Vシリーズのデザインなのである。


さて、2011年シーズンにMotoGPを戦った「RC212V」を題材に、3回にわたってファクトリー潜入レポートをお届けしてきた。日頃、まず明かされることのない「マシンの内側」を興味深くご覧頂けたのではないかと思う。

長年バイクレースの世界に携わっているが、今回の「潜入レポート」では、レーシングマシン開発の奥深さとともに、Hondaのものづくりに掛ける情熱を再確認することができたのが印象的だった。新たな「1000cc時代」の幕開けである2012年シーズンは、まだ始まったばかりだ。テレビの画面に映るレーシングマシンが、作り手のどんな想いから生まれてくるのか……ぜひ、そんな部分にも想いを馳せながらお楽しみいただきたいと思う。

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テスト担当 吉木

フレーム製作 山崎

「飾り気」は一切ない。だが、細部にまで作り手の想いが宿ったかのような、美しい仕上がりを見せるフレーム。

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