開発ファクトリー潜入[車体]

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ライダーの身体に合わせて
造り込まれるステップ、ステアリング

バイクにお乗りの方ならご存じの通り、バイクはクルマのように、腕でステアリングを動かして曲がるわけではない。ステップに載せた足を軸にして身体を動かすことで、重心の位置を移動させて曲がるのだ。足を載せるステップに各ライダーともこだわりが多いのは、この部分が、マシンを操る際の要になるからだ。
そのこだわりは、目の前に置かれた「微妙に形状とサイズの異なるステップホルダー」から見て取れた。この部分のサイズを変えることで、体格もライディングスタイルも異なるライダーたちが、適切にバイクを操ることができるようにしようというのだ。

ストーナーが「ブレーキをかけたり、シフトチェンジをしたりするときに足がひっかかって、ペダルではなくステップホルダーを踏んでしまう」と言えば、ステップホルダーの形状を変更し、ペドロサが「このステップは滑りやすい」と言えば、ステップ表面の突起の処理を変える。シモンチェリが「どんなに足を畳んでいても、フルバンクしたときにブーツが路面を擦ってしまう」と言えば、ステップホルダーを改良する。大きく湾曲させてあるのは、足を置くスペースに余裕を持たせ、足をより内側に置くことができるようにするためだ。

ステアリングも同様にいくつかの形状違いのものが置かれていたが、特に目立つのはドヴィツィオーゾ選手の使っていたものだ。グリップが中心よりもずっと手前に付いているのがおわかりいただけるだろうか。これは、彼の「後ろ側に乗ってバイクをコントロールする」というライディングスタイルに対応したものだという。ペドロサがシーズン中にケガをしてしまったときは、ハンドルの絞りを少しゆるめにし、負傷した鎖骨に負担がかからないような形状のものを用いていたという。

ノーマルの「RC212V」は非常に乗りやすいバイクだ。おそらく、大型バイクを操ることのできる人ならば、誰でも一般道を流すようなペースでサーキットを周回してくることもできるだろう。2002年の「RC211V」デビュー当時、ライダーをも驚かせたこの乗りやすさこそが、「RC-V」シリーズの最大の特徴であるが、これで勝利を目指すとなれば身体に触れる部分の全てを自分仕様に造り込む必要がある。逆に言えば、ノーマル状態での乗りやすさがあるからこそ、ライダーがそれぞれに合わせて最適な仕様を造り込んでいくことに繋がるのだとも言える。

フレームの開発に必要な
「想像力」と「創造力」

リアタイヤを支持するスイングアームは5年の歴史の中で幾度となく形を変えている。どのような遷移を辿ったのか、ファンであってもすぐに思い出せる人は多くないだろう。2011年になって、ようやく落ち着いてシーズンを通してひとつの形状が継続して使われた。だが、これもただやみくもにかたちを変えているわけでは、当然ない。
「ライダーからの要望を聞いてみたところ、『どうやらもっとシート位置を下げた方がよさそうだ』と、そういう結論に達したからですね。これまでのかたちをそのまま逆さまにすることで、そのぶんシート高を下げることができます。これが走りに及ぼす効果については、残念ながら詳しくお話しはできませんが……」
スーパーバイクや2ストロークのGPマシンのテストも行ってきたテスト担当の吉木さんは、ライダーから受けた要望を、実際に走って確かめるための役割を担う。

「彼らが何を考えて不満を打ち明けているのか、そして、改良が終わったものが、その要望を満たせているのかどうかをチェックするのが、私の仕事です。もちろん、GPライダーと同じレベルでバイクを走らせることはできませんが、どういう状況で、どういうことを考えながらリクエストを出したのだろう?ということに想像力を働かせながら、仕上がりを調べるのです」

それにしても、開発者達の言葉を聞けば聞くほどに、レーシングライダーとは、つくづく「ワガママ」な人種だ……と、しみじみ考えてしまう。
『もっとブレーキング時の安定性を高めてくれ』『フルバンクしたときにブーツが路面にタッチしてしまう』『このポジションではバイクが暴れたときに押さえつけられない』──。
開発者達が持てる力を注いでつくりあげたマシンだが、それを「自分仕様」へと変えていくために、ありとあらゆることを主張する。そのオーダーに応えていくのは、本当に大変なことだろう。だが、その「数ミリ」がライダーの能力を最大限まで引き出し、栄光の勝利へと繋がっていくことは、Hondaが数十年のレース活動の中で誰よりもよく知っていることのはずだ。

「ライダーの要求に対して応える方法は無限にあって、『これが正解』というものはありませんね。エンジンなどに比べても、『自由度』が桁違いに高い分野だと言えるかも知れません。ライダーがそのとき求めているものを自分の中で消化して答えを出す想像力、そして、過去の成功例にとらわれず、新しいものをつくりだしていく創造力。それが車体設計には不可欠なのです」

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ステップの形状もライダーによって異なる。過去には、この表面を「剣山のよう」な処理にすることをリクエストしてきたライダーもいたという。

これがステップホルダー。上から順番に、ペドロサ用、ストーナー用、シモンチェリ用。

一番右側のドヴィツィオーゾ用は、グリップ部分が中心よりも手前に取り付けられるという、非常に珍しい形状が特徴だ。

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