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モータースポーツ > ロードレース世界選手権 > MotoGP学科 > 14限目「クラスの話(2)」

MotoGP学科

クラスの話(2)

14限目

125ccからMoto3へ

最小排気量の125ccクラスも、1949年にその歴史が始まった。Hondaがこのクラスに日本最初の企業として挑戦を開始したのは1959年、イギリスGPのマン島TTレースだった。このクラスは、過去に最も日本人が活躍したクラスでもあり、1990年代には、坂田和人と青木治親がそれぞれ2度ずつチャンピオンを獲得し、彼ら以外にも多くの選手が表彰台の常連として毎戦優勝争いを繰り広げていた。

青木治親(1995年 #12 RS125R)

ところが、この125ccクラスも今シーズンいっぱいで終了し、来年からは4ストローク250ccのマシンで争われるMoto3クラスへと姿を変える。つまり、これで3クラスすべてが4ストローク化されることになるわけだ。Moto2はエンジンがワンメークだが、Moto3にはそのような規則はない。エンジンは4ストローク250cc単気筒、ターボチャージャー・スーパーチャージャーの禁止、最大回転数14,000rpm、等の取り決めに基づけば自由な設計が認められており、車体に関しても同様に、規則に基づく範囲で自由な設計が許される。

この規則に基づいて開発されたHondaのMoto3マシンが、つい先ごろ発表されたNSF250Rだ。

NSF250Rとアレックス・クリビーレ、鈴木哲夫HRC社長

水冷4ストローク単気筒DOHC249ccのエンジンを持つこのマシンは、125ccクラスで数々の記録を達成してきたRS125Rの長所を継承し、新たなレーシングスタンダードとなることを目標に開発が進められてきた。エンジンは全域にわたってトルクが向上、出力特性もRS125Rと比較してより滑らかなものになっている。ジオメトリー面でも、RS125Rの特徴を受け継ぎながら、自由度の高いライディングに貢献できるようさらなるマスの集中化を図り、11リットルの燃料タンクもスリム化された。フレームメインパイプとスイングアームも、RS125Rの特性を継承しつつ、剛性面などでさらに細部を煮詰めた進化を果たしている。ラジアルマウント方式のフロントブレーキは、乾燥重量とトップスピードの違いから、ディスクの厚みはRS125R(4mm)よりも1mm大きい5mmになった。

タイヤは前後17インチで、RS125Rのホイールがそのまま流用可能となっている。ちなみに、Moto3クラスのタイヤブランドに関しては、2012年から2014年までの3年間、ダンロップが公式サプライヤーとなることが決定している。

今回のNSF250Rと相前後する時期に、各コンストラクターから続々とMoto3マシン発表や参戦表明が相次いだ。来年から始まるこの新クラスは、早くも各方面からの熱い注目を集めているようだ。

その他のクラス

すでに消滅したクラスで過去に存在したものとしては、中排気量の項で説明した350ccクラス以外にも、かつては50cc/80ccクラスというカテゴリーが存在していた。50ccクラスが125ccクラスよりさらに下の最小排気量クラスとして始まったのは1962年。この年にチャンピオンを獲得したのはエルンスト・デグナー。現在も鈴鹿サーキットの「デグナーカーブ」として名を残す人物だ。その後、1984年からは80ccへと変更され、1989年まで争われた後にこのクラスは終了した。

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