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MotoGP学科

カーボンの話

7限目

高速化を支えるカーボン製ブレーキディスク

CFRPとは別個に発展してきたもう1つのカーボンパーツが、ブレーキディスクだ。MotoGPでは多くのワークスマシンが採用しているカーボン製ブレーキディスクの素材は、CFRPではなくCC(Carbon-Carbon)、あるいはCCコンポジットと呼ばれる「炭素繊維強化炭素複合材料※1」で、簡単に言うと炭素繊維を炭素で固めた堅牢な素材だ。

この炭素繊維強化炭素複合材料(以下CC)を用いたブレーキディスク(以後CC製ディスク)の特徴は、鋳鉄製の物に比べて格段に軽く、熱にも強いという点にある。

現在のMotoGPマシンは、高速サーキットでの走行になるとトップスピード350km/hからコーナー進入で90km/hまで急減速しなくてはならないし、各コーナーごとにハードブレーキングを繰り返すため、その制動力のほとんどを担っているフロントブレーキの発熱量は相当なものとなる。WGP、そしてMotoGPでは、マシン性能やトップスピードの向上につれてブレーキの発熱量も増大し、過去から使われてきた鋳鉄製ディスクでは、発熱によるディスクの歪みや割れの問題などが年々顕在化してきたのである。

2009 RC212V

この対応策として、絶対的な制動力を確保するために大径化したディスクや、熱対策でベンチレーテッド(放熱)構造を持ったディスクなどが取り入れられてきたが、ディスク径が大きくなったり、その厚みが増加することで、ディスク自体のサイズや重量は増えていく事になる(あわせてキャリパーも大型化することになった)。

走行中に高速で回転するフロントホイールに生じる慣性マス(回転によって生じる重さ=回転の止まりにくさ)は、静止時ではわずか100gの重さの違いを、回転時には何十倍にも増幅するため、ハンドリングやマシンのコントロール性に多大な影響を与えることになる。このため、ブレーキディスクは熱に強く、かつ軽ければ軽いほど理想的なのだ。

この点でCC製ディスクは、まさに理想的な性格を有している──重さは鋳鉄製ディスクの50〜60%、1500℃以上の高温にも耐える優れた熱的特性を実現しており、しかも基本的には耐摩耗性にも優れ、その寿命は鋳鉄製ディスクの2〜3倍あるとも言われている。

CC製ディスク

現在、MotoGPマシンが使用するCC製ディスクの重さは1枚800g前後と、同サイズの鋳鉄製ディスクの重さの約1/2であり、ブレーキユニット全体では鋳鉄製ディスクのものに比べておよそ2kgも軽くなっている。

もともとCCは宇宙開発から生まれ、CC製ディスクは、軽量かつ、大きな運動エネルギーを短時間で吸収する必要がある航空機用として1971年に実用化されたものだ。76年に超音速旅客機コンコルドに採用されると、驚異的なブレーキング能力を発揮して注目を集めた。

以後、軽量で高い運動性が求められる戦闘機や、軽量化(大型機では1t弱の重量低減になる)による燃費向上や整備費用低減などの観点から民間航空機においてCC製ディスクは幅広く普及し、次いで四輪車の最高峰レースF1をはじめとしたレーシングマシンに採用されてきた。

しかし、二輪の分野ではCFRPが外装パーツや構造材として普及していった半面、CC製ディスクは思うように実用化が進まなかったのも事実だ。軽量で熱に強いという理想的な性能を持ったCC製ディスクだが、その性能管理は難しく、加えて製造コストも他の素材とは比較できないほど高価なものになるからだ。これは、炭素を主体としたカーボン・コンポジットという素材の性格上、避けて通れない課題である。

鋳鉄製ディスクの場合、回転するディスクをパッドで挟むことによって生じる単純な摩擦によって制動力を実現するのに対して、CC製ディスクの場合はこの摩擦発生のメカニズムが独特で少々複雑だ。ディスクと接触したパッドから発生する微粉末がディスク表面に付着し、被膜が形成される。これによって、同材質の摩擦でも焼きつきなどを起こさず、適当な摩擦抵抗を生むのがカーボンの特徴である。

また、CC製ディスクの特徴として、温度管理が非常にシビアで、適温以下に冷えている状態では十分な制動力を発生できないということもある。したがって、ブレーキが冷えやすいレインコンディションや風の強いレース、あるいはブレーキがなかなか熱くならない低速コースなどでは、ブレーキディスクにカバーを付けるなどの対策が求められるのだ。

ホイールの中にブレーキディスクが内蔵されるような構造の四輪車と違って、外気に直接ブレーキディスクが当たる二輪車ではこの温度管理が非常にシビアになる。このため、CC製ディスクは88年のWGP第12戦イギリスGPでイギリスのブレーキメーカー、APロッキード(現APレーシング)によって初めて実戦投入され優勝を記録しているが、信頼性を獲得し、普及するまでには時間がかかった。過去のWGPでは、89年のNSR500のように鋳鉄製ディスクとCC製ディスクを併用する「コンポジット=複合」ブレーキとして使用されていたのも、温度管理や信頼性を懸念したものだったといってもいいだろう。

1989 NSR500(エディ・ローソン)

さらに、CC製ディスクは製造にかなりの手間と時間(つまりコスト)がかかる。CCは一般的にCFRPを熱処理して母材となる樹脂を炭化させて作るのだが、高温で処理するそのプロセスで樹脂が目減りしてしまい、炭素繊維の微細な隙間などに多数のピンホール(微細な穴)が形成されてしまう。このため、強度的に高い信頼性が必要なブレーキディスクの場合は、このピンホールを丹念に埋めていくプロセス(樹脂の再充填と熱処理)を何度も繰り返す必要があり、完成までには数カ月を要する。

したがって、CC製ディスクそのものが大量生産に向いておらず、しかも高額になるのである。一般的に量産CC製ディスクの価格は、鋳鉄製ディスクの2〜4倍といわれるが、特殊なレース用の少量生産品になると値段が付けられないほどと言ってもいいだろう。

用語解説

※1炭素繊維強化炭素複合材料

原理はCFRPの樹脂(母材)も高温で炭化させたもの。つまり炭素繊維を炭素で強化した複合素材なので、カーボン・カーボン(Carbon-Carbon) 、カーボン・カーボン複合材料(Carbon-Carbon Composite)、強化カーボン・カーボン(Reinforced Carbon-Carbon)などと呼ばれている。

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