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第四話 グランプリマシンより熱い、RVF750
 1984年にRS750Rで8耐4勝目を挙げたHondaは、翌1985年、次なる8耐マシンとしてRVF750を投入した。エンジンはRS750Rと同じ4サイクル90°V型4気筒DOHCエンジンながら、120馬力から130馬力以上へと、最高出力を10馬力以上パワーアップ。フレームも極太の高剛性アルミツインチューブを採用した高性能マシンである。RVF750は期待に応えて1-2フィニッシュで優勝。Hondaに8耐2連勝の栄光をもたらした。ライダーは、世界GPに参戦するワイン・ガードナーと徳野政樹。RVF750はこのあと1992年までに5勝を挙げ、強さを見せる。このあたりから8耐はスプリントレース並の速さを競う“スプリント耐久化”していった。観客数もスタート当初の7万人から、現在のF1に匹敵する15万人を集める人気レースとなっていった。
 
 「まるでグランプリバイクみたいな耐久マシンです」
RVF750に乗った宮城光の感想は、その時代の変化を裏付けるものだった。RVF750が8耐で活躍した頃、宮城は国内レースでHonda NSR500を駆りトップライダーとして活躍していた。当時RVF750のテストを手掛けたこともあるという。
 
 「8耐のマシンは1994年からスーパーバイクレギュレーションになりますが、RVF750が活躍した1985年から1993年まではTT-F1のレギュレーションで、フレームがスペシャルで作れた時代。ですから、グランプリマシンのように、究極のパフォーマンスが追求できたんです」
「もちろんレギュレーションが違いますから、グランプリマシンのNSR500はとても軽かった。車重が約120kgです。それに対しRVF750は約140kgもある。その点でハンドリングの味付けが違うんです。NSR500は馬力があって車体が軽いので、しっかりとしたハンドリングで安定感を出していました。それに対しRVF750は、車重があるのでハンドリングを軽くして軽快さを求めていたんです。ですから、鈴鹿のS字の切り返しはグランプリバイクのNSR500よりもシャープな切れ味でしたね」
 
グランプリライダーが勝つためのマシン
1985年 RVF750
 「背景をお話しするともっとよく分かるのですが、1985年にデビューしたRVF750は、8耐で2連勝を飾ります。そのあと、2年連続で敗れたことから、1989年にワイン・ガードナーとマイケル・ドゥーハンという2人のグランプリライダーを乗せ、必勝体制で8耐に臨んだわけです。この年、ガードナー/ドゥーハン組はレースをリードしながら、バックマーカーに接触してリタイアしてしまう。
 
 続く1990年も雪辱を晴らすべく2人が参戦します。しかしその年もガードナーが転倒。その後奇跡的な追い上げで14位から2位に浮上するのですが、何と今度はガス欠でリタイアしてしまうんです。この経験をもとに、RVF750はリザーブコックと給油口に透明な覗き窓を付けました。そして1991年。今度は140PSのハイパワーのエンジンを載せて勝ちにいくわけですね。そして見事雪辱を晴らす。ガードナー/ドゥーハン組は、予選・決勝とも圧倒的な強さを示し、ようやく8耐で表彰台の真中に立つことができたんです」
 
 「つまりRVF750は、グランプリライダーが乗って勝つために、バリバリに仕上げられたマシン。グランプリバイクのNSR500に比べれば車重が重たいはずなんですが、乗ってみるとS字などはNSR500より軽い。とにかく積極的に攻めていくハンドリングのマシンです。逆にいうと、積極的に攻めていくライダーしか乗れないマシンなわけです。勝つことが最優先。そして乗る人間はグランプリライダー。彼らが乗って勝つためのマシンという、非常に明確な目的でつくられたマシン。それがRVF750です。ある意味、グランプリマシンより乗り手を熱くさせるマシンかもしれません」
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