SUPER GT GT500クラスは2014年に新しい規則を導入し、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)と技術的な内容を共有することになった。車体骨格のモノコックをはじめ、ダンパーやリヤウィングなどは、共通部品の使用が義務づけられている。ブレーキも同様に、2013年までは独自に用意したスチールディスクとパッドを使用することができたが、 2014年以降は全車が同一スペックのAPレーシング製カーボンディスクとパッドを使用する決まり。カーボン(炭素)素材が持つ特性を理解しながら、セッションごと、ドライバーごと、コースごとの最適な使い方が求められる。
2013年までのSUPER GT GT500クラスはカーボンブレーキが禁止されていたので、スチールブレーキを使用していた。一般的にカーボンブレーキは制動力が高いとされているが、スチールブレーキの時代は独自開発が認められていたので、パフォーマンス向上を求めた進化が続き、2013年の段階では制動力に関してはカーボンブレーキと遜色のないレベルに到達していた。ただし重量の差は決定的で、2013年のスチールブレーキのディスクがフロント8.0kg、リヤ6.0kgだったのに対し、現在GT500が使うカーボンブレーキの重量はフロント3.5kg、リヤ2.7kgで半分以下となる。この軽さは、運動性能上でメリットとなる。
カーボンと聞くとボディワークやウィングなどに使用するカーボン繊維強化プラスチック(CFRP)をイメージしやすいが、ブレーキに使用するカーボンは種類が異なる。カーボン繊維やカーボンの粉末を樹脂で固め、その樹脂が熱で燃えないよう、高温で蒸し焼きにして炭素化させた材料である。母材がカーボンで強化剤もカーボン(CFRPは母材が樹脂で強化剤がカーボン繊維)なので、より厳密にはカーボン/カーボンと表記する。
カーボンブレーキは摩擦力が非常に高く耐熱性が高いため、短時間に高い制動力を発揮することができる。ただし、扱いはデリケートで、最低でも200℃以上まで温めないと利き始めない(できれば500℃以上を保っておきたい)。ピーク時には1000℃に達する。一方のスチールブレーキは300〜700℃の範囲に収まる。温度を上げる際には、スタート前のフォーメーションラップで行うルーティンの作業が重要で、何度かハードブレーキングを行い一気に負荷を与えて温めてやる必要がある。軽いタッチで引きずりながら温めるようなやり方だとグレージングという状態(ガラスの表面のようなツルツルの状態)になり、μ(ミュー:摩擦係数)が極端に低下。ブレーキペダルを強く踏んでパッドとディスクの押しつけ力を高めても制動力は発生しなくなる。こうなった場合は、表層を削る処理を行う必要がある。
ブレーキディスクが適切な温度条件で使われているかどうかを確認するため、特定の温度で変色するサーモペイントを塗布して目安に利用する(パッドも同様)。緑は430℃、赤は610℃で白に変わる。ブレーキエンジニアは徐々に変色する色の変わり具合から、ブレーキの状態を読み取る。
ディスクの表面には深さと形状の異なるディンプル(くぼみ)が設けてあり、摩耗の進行度合いをチェックするのに用いる。ディスクの厚さは35ミリで片側5mmの摩耗まで許容。進行方向を示す三角のディンプルは深さ5ミリ、丸は2.5ミリ。
前後のブレーキバランスはコクピットに設置されたダイヤルで調節できる。バランスをフロント寄りにすれば、パッドをディスクに押しつけるオイルの液圧が高まってフロントの利きが強くなり、リヤ寄りにするとリヤの利きが強くなる。減速するとフロント側に荷重が寄るので、前後の制動力バランスはフロント寄りにするのが基本。路面がウェットのときはドライのときほど強い制動力がかけられないので、ドライよりも後ろ寄りに設定する。
ブレーキバランスの他に温度管理も重要。ブレーキングの回数が多いサーキットはブレーキに厳しいと言える。開催カレンダー中でもっともブレーキに過酷なサーキットと言われるツインリンクもてぎでは、フルブレーキングの回数が多いのに加え、ストレート区間が短い分ブレーキングとブレーキングの間隔が短くなり、冷却させる時間が少ないからだ。ブレーキダクトは、もてぎのようなブレーキに厳しいサーキットに合わせて、充分な冷却風量を確保できるよう設計している。もてぎとは対照的に、鈴鹿サーキットはストレート区間が長くハードブレーキング箇所が少ないため、ブレーキに関する不安はない。走行する季節などによっては冷えすぎるケースがあるため、ブレーキダクトの入口をテープでふさぎ、冷却風量を調整する場合もある。またウェット走行時はブレーキ温度を適温に保ちづらくなるため、やはりダクトにテープを張ることがある。
コースや車両の特性にあった前後バランスは、走り始める際に設定しておく。プラクティス中はドライバーの好みに応じて前後バランスを調節することが可能。ただし、調節幅は通常1%程度だ。それはわずかなバランスの変更でも、走りに大きな影響を与えるからだ。ブレーキバランスの変更はタイヤのグリップ変化など、運動特性にも関わるので、バランスを調節した場合はピット側に報告するようドライバーに求めている。
レース中の前後バランス調節は、タイヤのグリップダウンによる挙動の変化をアジャストするツールとして調節を行う。例えば、コーナーの進入でフロントのタイヤがロックしやすくなったら、バランスを少し後ろ寄りにする。反対に、減速中のシフトダウン時にリヤがロックする症状が出た場合は、フロント寄りに調節する。SUPER GTはレース中にドライバー交替を行うが、ドライバーごとに好みがあるため、乗り換えるたびにバランスを調節することもある。
そうして最適な状態に仕立てたNSX-GTは直進状態でのブレーキングで、290km/hから150km/hまでを1.5〜2秒で減速する。その間の距離は100m。減速Gは2.5〜3Gに達する。300km/hから停止までに必要な距離は230mにすぎない。ブレーキディスクとパッドが最適な温度範囲に保たれていることと、前後のブレーキバランスが最適に調節されていて初めて駆け引きのツールになる。オーバーテイクを仕掛けるには、相手のインに飛び込んでブレーキを遅らせつつ、猛烈なGを体に受けながらブレーキペダルに載せた足の動きを絶妙に制御して車両の動きをコントロールし相手を抜き去る。タイミングや足に伝わる感覚にズレが少しでもあれば成立しない芸当である。
2014年からブレーキが共通部品に指定されました。それまでのスチールブレーキからカーボンブレーキになったことで、どんな苦労があったのでしょうか。
「ブレーキで『止まる』性能はレース車両にとって重要ですので、その部品が共通化されたのは非常に大きな出来事でした。自由に開発できた2013年までは、ある症状が出たら『摩材で変えよう』といった対処方法も可能だったのですが、共通化されたので与えられた仕様で対処するしかありません。また、カーボンは温度依存性が強いので、適正温度に管理する難しさがあります」
カーボンブレーキは制動力が高いのに加えて耐久性も高いというイメージがありますが。
「うまく使えば確かにそうです。ただし低い側も高い側も、適正温度範囲を外れると途端に耐久性が低下する場合があります。カーボンブレーキが採用された初年度の2014年は、レース毎に新品を投入したチームもあったほどです。それが2016年にSUPER GTの使用環境に合わせた新しいスペックに切り替わり、カーボンブレーキの扱いにも慣れてきた結果、2017年はテストでの使用も含めて年間5セット程度で済ませることができています」
どのような点に注意しているのでしょうか。
「低いブレーキ液圧で引きずるような使い方をするとグレージングを起こしていくら強く踏んでも利かなくなりますので、ドライバーには、『ブレーキペダルに足を載せたまま走るのはやめましょう』とか、『温めるときは高い車速から一気に踏んでください』と指示を出しています。また、ウェット時やウォームアップ中にリヤの温まりが極端に悪いときは、『ブレーキバランスをリヤに寄せて、意図的にリヤの温度を上げて、それから(温まりやすい)フロントを温めましょう』と、操作手順を指示したりします」
ブレーキの能力を最大限引き出すには、高い技術力が求められるということですね。
「コーナーのターンインでブレーキを残しながら進入していくドライバーが一般的で、残す度合いでドライバーの個性がわかれます。そこが、タイムを削るポイントにもなっています。早めにブレーキングを終わらせ、高いボトムスピードを保って曲がっていくのが理想ですが、その際に前後のタイヤをいかにロックさせずタイヤの接地性を確保するかが課題で、常に最良を求めて開発に取り組んでいます」