SUPER GT GT500クラスに参戦するNSX-GTの最高速は300km/hを超える。言い換えれば、1秒間に83.3メートルの距離を移動する超高速で動いていることになる。そんなスピードでぶつかったら……。ぶつかったときの衝撃で運悪く火災が発生したら……。万が一の状況でドライバーの頭部を守るのがヘルメットだ。ラウンドした形状でインパクトをかわしつつ、考え抜かれた構造と材料で衝撃を分散・吸収する。と同時に、火の侵入を防ぐバリアの役目も果たす。ARAIのヘルメットを例に、ドライバーの頭を守るヘルメットの機能を見ていこう。
耐火性確保のためにも保護範囲を広くしたい4輪用シールド(左)は面積が狭く、厚みがある。ライディングの際に広い視野が必要な2輪用シールドは面積が広く、4輪用より薄い。製法も異なり、同じポリカーボネート製ながら4輪用は熱曲げ加工、2輪用は射出成形(レース向けは熱曲げ加工)で製造。
ヘルメットはドライバーが個性を主張できるアイテムのため、カラーリングに凝るドライバー/ライダーが多い。ただし、重量増や重量バランスに対する配慮が欠かせない。オープンコクピットで使用する場合、整流目的のフィンを装着するのが一般的だ。アライヘルメットの場合、安全性を損なうような空力付加物は一切認めない。
ヘルメットは帽体(シェル)、衝撃吸収ライナ、シールド、内装、あご紐で構成されている。このうち、帽体は衝撃エネルギーを分散すると同時に、硬く尖った物が突き抜けないよう防御する役割を果たす。全体がなめらかな曲面で構成されているのは、ファーストインパクトの衝撃を「かわす」ためだ。帽体が柔らかいと、衝撃を受けた際に変形し、そこを基点に衝撃を受け止めてしまう。突起物がある場合は、その突起物が衝撃を受け止めてしまう。それを避けるため、ベンチレーション用の突起は衝撃を受けた際に外れる構造になっている。帽体の素材はFRP(ガラス繊維強化プラスチック)だ。軽量でありながら高い強度を確保できると同時に、適度な粘りがあり、衝撃を分散するのに適しているが特徴だ。
衝撃吸収ライナはその名のとおり、衝撃を吸収する役割を受け持つ。より具体的には、脳に伝わる衝撃をやわらげるのがライナの役目だ。そのライナは発泡スチロールでできている。一粒一粒が順番につぶれることで、衝撃を効果的に吸収していく。ヘルメットが物にぶつかった際は、帽体に衝撃が伝わると同時に、ヘルメットの内側で頭がライナにぶつかっている。その脳への衝撃を内側から吸収するのもライナの役目だ。強度が必要な窓部や裾の開口部に硬い発泡体を配するなど、部位ごとに硬さの異なる発泡体を組み合わせている(生産工程上の理由から色分けしている。茶色は柔らかく、青は硬い)。
運転中、上下左右に首を振る2輪に比べ、4 輪は動きが少ないこともあり、2輪用に比べて窓部を狭くしている。
これは保護範囲を広くするのが狙いで、火の侵入を防ぐ目的でもある。頭部が露出したフォーミュラと違い、ウインドウに守られたSUPER GTではシールドなど不要と思うかもしれないが、火から頭部を守るレギュレーションで規定されてもいる。2mm厚のシールドでも耐火性は十分だというが、アライヘルメットは耐火性能を高めるため、3mm厚のシールドを使用している。シールドは、衝撃を受けた際に開かないよう、ロックシステムで保持される。また、ライナの内側に取り付けて頭部に接する内装には難燃性の合成繊維を用いている。あごの部分にあるフラップ状の内装はとくに、火の侵入を防ぐためのものだ。
衝撃や火から頭部を守るのがヘルメットの役割だが、サーキット走行中は前後左右に大きなG(重力加速度)が加わる。ヘルメットが重いと首の負担が増えるため、求められる性能を確保しながら、少しでも軽く仕上げる努力が払われている。
ヘルメット開発の現場では、用途や仕向地などに応じて各種試験を行っている。例えばスネル規格が定める試験のひとつに「衝撃吸収試験」がある。人頭模型と呼ばれる人の頭を模したマグネシウム合金製の模型にヘルメットを被せ、一定の高さから落下させる。スネル規格では、8.5m/s(秒速8.5メートル)の速度でアンビルと呼ぶ衝撃面に衝突させた際、衝撃加速度が300G(Lサイズ)を超えてはならないと定めている。
俗に、300Gを超えると脳に何らかの障害が出ると言われている。取材時は、8.5m/sの衝突スピードを実現するため、3.9mの高さまでヘルメットを引き上げた。衝突スピードを6.31m/sに変え、2回目のテストを行う。衝突させるのは1回目と同じ場所だ。
1回目の試験の結果は 203G、2回目は165Gだった。取材時には人頭模型にヘルメットを被せず、30cmの高さから落としてもらった。その際の衝撃加速度は360Gだった。ヘルメットがいかに効果的に衝撃を吸収しているかがわかる。
アンビルには種類があり、平面形アンビルは路面を想定。半球形アンビルは路肩の段差やガードレールの支柱、エッジアンビルはガードレール、バーアンビルはロールバーへの衝突を想定している。
スネル規格では、突起物など尖った物体に対するヘルメット(とくに帽体)の強度を調べる「耐貫通性試験」も定めている。3kgある槍状のストライカーを3mの高さから落とす。ストライカーの先端がヘルメットを突き抜けて人頭模型に接触すると、センサーが感知する仕組みだ。スネルはこのほか、あご紐の強度やヘルメットの脱げにくさを調べる試験、チンバーと呼ぶあごガード部の強度試験、シールドの耐貫通性試験を定めている。
ヘルメットを使う地域によって温度条件はさまざまだ。温度が変わると材料の特性が変わるが、そのとき、ヘルメットの特性が悪化してはならない。温度条件が変わっても初期の安全性を維持できるよう、−20℃の超低温や50℃の高温状態でも試験を行っている。
各種の規格をクリアすることが絶対条件だが、規格をクリアすれば安全性に問題はないとは考えていない。なぜなら、規格で定める試験が実際の衝突時の状況を完全に再現しているわけではないからだ。アライヘルメットの場合は、前項で触れた衝撃を「かわす」形状に設計するなど、独自の技術を投入して人の頭を守る性能を高めている。
SUPER GT GT500クラスのドライバーが被るヘルメットは、特殊な条件に合わせてカスタマイズされている。代表的なのはエアコンへの対応だ。炎天下の車内は60℃にも達するため、2014年に導入された新規定により、エアコンの搭載が義務づけられた。エアコンといっても乗用車のように室内全体を冷やすのではなく、ドライバーの体を直接冷やす仕組みだ。冷気の一部はヘルメット上部に取り付けられたダクトを通じて内部に供給される。その空気の通り道を確保するため、衝撃吸収ライナと頭部の間でクッションの役目をする内装に手が加えられている。材料に粗いウレタンを使用したうえで溝を切り、空気がよく通るようにしているのだ。
上から入った空気は下に抜ける仕組みだが、あごの部分にあるフラップ状の内装が邪魔をしてしまう。このフラップは火の侵入を防ぐ意味で重要なので、火の遮断性能を落とさない範囲で、空気の抜けを良くするために小さくしている。また、火の侵入を防ぐためにもシールドは閉じておいた方がいいが、冷気の通りを考えても、シールドは閉めておいた方がいい。シールドは開けておくより閉めておいた方が、安全かつ快適なのだ。
過酷なドライビングを長時間連続して行うドライバーにとって、水分補給は欠かせない。そのため、ヘルメットにはドリンクを供給するチューブが差し込まれている。また、ピット側との交信を行う無線装置が組み込まれており、そのための処理が施されている。
レーシングドライバーはステアリングホイールとペダルを精密に操ってスピードを追求しつつ、後続車の攻めを防ぎ、先行車の隙を突いて前に出ようとする。自分の体重の何倍にもなる荷重に耐えながら、ステアリングを切り、ブレーキペダルを踏みつける。時速300キロの世界に生きるアスリートだ。超高速の世界で体を動かすアスリートなので、その特殊な環境に応じたプロテクターが必要。その代表格が頭部を守るヘルメットである。衝撃から頭を守る安全性能が第一だが、ドライビングに集中するための快適性に関しても考え抜かれた設計となっている。