「自由すぎる」ことへの戸惑い
HSV-010 GTの開発では、車体の設計を担当しました。
私は、以前から、「ドライバーにとって扱いやすく、それが速さに繋がるクルマ」をつくりあげたいと考えていました。レーシングカーは、限界走行を前提にしています。ですから、その領域でコントロールをしやすい特性とすることこそが、本当に優れたレーシングカーの条件だと思うのです。
しかし、すでに熟成が進んだNSX-GTでは改良の余地が少ないのも事実。
そんなとき、プロトタイプの製作も含め、まったくゼロからのスタートとなる新しいGTマシンの開発で、シャシー設計を任されました。それは、何もないところにエンジンとギアボックスだけ渡されて、「あとは好きなようにクルマをつくりなさい」と言われたようなもの。条件があまりに自由すぎて逆に戸惑うこともありましたが、自らの理想を実現するチャンスだと思うと、嬉しかったですね。
広い目でものを見られるようになった
しかし開発を始めてみれば、「想いだけではダメで、そこに技術が伴わなければならない」ということを、身を以て感じることになりました。
オイルや冷却水の流路のような、レーシングマシン開発にとっての「基本中の基本」に始まり、メカニカルなこと全般に関する知識が不足していたのだと思います。最初につくったプロトタイプは、せいぜい「30点」のデキでした。
幸い私の周辺には、それぞれの分野のスペシャリストたちがたくさんいたので、彼らからアドバイスをもらいながら一歩ずつ進んでいきましたが、その過程で学んだのは、自分の専門分野に限らず、さまざまなことにチャレンジすることの大切さでした。
今まではクルマのこの部分の改良という、部品レベルの性能アップという考えでしたが、シャシーに関係するあらゆる知識を身につけたことで、クルマはひとつのもので、その中がどうなっているのか、今はだいたいわかるようになりました。それによってクルマとドライバーの関係や、タイヤとの関係まで見られるようになったと思います。
分野を越えた開発体制が、理想の車体づくりに結びついた
HSV-010 GTは、車体とエンジンが一体になって、エンジンもギアボックスもフレームの一部として使っています。2009年までのNSX-GTと大きく違うのは、そこです。「クルマからエンジンへと、ねじりトルクが加わるから、それに耐えられるよう補強を入れてもらう」といった、分野を超えた開発体制を築き上げたことで、実現できた車体だといえます。
みんながそれぞれの専門分野で目標を持って取り組んでいた状態から、ひとつの目標を持つ形に進化し、よりコンパクトで密なチームへ。あの「失敗作」と言えるプロトタイプがあったからこそ、開発の中で気づき、変わることができたのだと思います。
うれしいのは、タイムを出したドライバーが走り終えたあとに自分の所に来て『乗りやすかった』と言ってくれたときですね。本当に自分のやりたかったことができたのだ、と感じる瞬間です。
レースでの勝利のために、これからも「ドライバーにとって扱いやすく、それが速さに繋がるクルマ」の理想を追求していくこと。それが私のやるべきことだと信じてます。