迫り来る時間との戦い
レースの部門に移ってくる前は、量産車の開発で、ドライバーとクルマをつなぐ部分──たとえばシフトレバーとかペダルのようなもののメカニズムを担当していました。HSV-010 GTの開発に携わるようになってからは、似たようなパーツでもとにかくレーシングカー特有の限られたスペースと、刻々と迫ってくる時間との戦いでしたね。ひとつひとつの技術的難度はさほどでもないのですが、たとえ配線ひとつでも、全体のパッケージングは大きく変わってきますから、とにかくたくさんのパーツをすべて完璧に収めていく必要があるのです。
私は「とにかくレースに関わる仕事がしたい」と思ってHondaに入ってきたので、量産車の開発部門で学んできたことを少しでも活かせるよう、必死であらゆることを学んでいきました。
レーシングカーといえども、クルマはクルマ
開発チームに加わるようになってから、1年ほどしたときに、プロトタイプの開発に携わることになりました。
最初につくった、NSX-GTをベースにしたプロトタイプは、とにかく走らせるので精一杯。意味もなく大きいばかりのハリボテみたいなものでしたが、ここで学んだのは、重いモノはなるべく車体の中心に集めるとか、重心はなるべく低い位置に持ってくるとか、細部に至るまでクルマづくりの基本を突き詰めて効率のいいパッケージングを実現するためにはどうすればいいのか、ということ。「レーシングカーといえども、クルマはクルマである」ということを、身を以て知ることができました。エンジニアとして成長できたのではないかと思っています。
たとえば、エンジンまわり。NSX-GTのエンジンは、量産車のNSXに積まれていたものをベースにしていましたが、フォーミュラ・ニッポンのエンジンをベースとしたものに変更することで、エンジンを動かすシステムそのものを変える必要もありました。
これまで、私のように車体の設計に関わるスタッフが、エンジンや電気系の配線なども含めたシステムまわりにタッチすることは少なかったのですが、ゼロからの開発となると、そうも言っていられません。誰かがやらなければならないのなら、自分がやるべきだろう、と思いました。ましてや、私は人とクルマの間、パーツとパーツの間などを取り持つためのメカニズムをつくる役目なわけですから。多くの先輩たちから教えを受けながら、エンジンのことや電気系のことなど、幅広く知ることができたのは、特に大きな収穫だったと思います。
この経験を活かして、HSV-010 GTをさらに進化させていきたいですね。